ヴェロニカ:こちらのコラムは萩原優の小説『イリッシュ大戦車戦・改』の第3話「じゃない方のアッパティーニ(前編)」について考察しているわ。そちらも併せて読んでみて頂戴。
はじめまして、創作サークル「王立銃士隊」で設定アドバイザーを担当している谷利と申します。
この文章は「王立銃士隊」サイトの作品の一要素を歴史的なアプローチから取り上げてみて、作品の世界観を拡げたり、歴史視点から作品に興味をもっていただこう! という試みになります。大河ドラマの本編終了後に流れる解説コーナーにあやかるならば、さしずめ「王立銃士隊紀行」といったところでしょうか? (笑)
なお、作者の方から許可を得ておりますが、アマチュアの歴史好きである筆者個人の緩い歴史考察であり、作者の方からの公式回答ではないことをあらかじめお断りさせていただきます。
それでは前口上はこれまでとさせていただき、ゆるりと参りましょう。
今回のお題は、『イリッシュ大戦車戦』の第1話で主人公「アルフォンソ」を歴史の表舞台に引っ張り出した迷脇役(笑)「玉子」です。
現代では「物価の優等生」の異名をもち「庶民の味方」というイメージを持つ「玉子」ですが日本では、戦後「白色レグホン」という鶏がアメリカから輸入されてからの話でとても貴重で高価なものでした。
日本では「飛鳥時代」に「鳥取部(とっとりべ)」というお役所があったようで、こちらで鳥の捕獲や飼育、屠殺など鳥肉の製造に必要な仕事をしていたようです。鶏は「時告げ鳥」として時計の代わりとしての仕事もあったため、主に食用とされたのは野鳥であったようです。
「壬申の乱」(天智天皇の弟と息子とが皇位継承を巡って争った戦い)を制して皇位についた「天武天皇」(「大君(おおきみ)」から「天皇」へと敬称を変更したり、「藤原京の造成」や「富本銭」の鋳造など「古代日本」から「律令国家」へと変革を目指した人物)は「馬・牛・鶏・猿・犬の肉食を禁止」する詔を発します。
彼がこの禁止令を出した理由は「仏教文化が拡がったため」や「大和民族と夷(大和朝廷に従わない人々)との区別をするため」、「動物保護」など諸説ありますが、本題からは外れてしまうため、今回は深く触れません。
しかし、「持統天皇」、「聖武天皇」など歴代の天皇も発するため日本人は急速に獣肉食や玉子食を忌避するようになっていきます。
戦国時代になるとポルトガルやスペインの宣教師達が「南蛮文化」と呼ばれるヨーロッパの文化を持ち込みます。「カステラ」などはこの時に持ち込まれた料理になります。特に大きな要素は「無精卵」という知識がもたらされた事で、玉子食は飛鳥時代からの呪縛から解き放たれ事になります。
大分で病院の経営も行っていた宣教師「アルメイダ」は布教や診察する際にカステラを配っていたともいわれます。実際、カステラは結核などの患者に対する栄養補給食品として明治時代から戦前まで扱われてもいましたので彼も関心を得る以外に栄養補給を狙っていたのかもしれませんね。
江戸時代に入ると幕府による「街道の整備」、「東廻り・西廻り海路の整備」、「河川交通の発達」で遠くの文物がこれまでに比べ、安く安全に運んでこれるようになり庶民層にまで頑張れば手が届くようになります。とはいえ、ゆで玉子が一個20文くらいで同時代のそば一杯(16文)よりも高い値段ですのでなかなかの高級品でした。
日本の養鶏は始まったばかりで、江戸時代の初期では「大きい鶏は闘鶏用」、「小さな鶏はペット」としており採卵用の鶏として品種改良が進んでいないことが大きな要因としてあります。
鶏は産卵の際にある程度の卵を産みますが、この時に卵が何らかの理由でなくなってしまうと、新たに卵を産み補てんしようとします。この習性を利用したのが採卵養鶏になります。
しかし、鶏が卵を温めはじめてしまうとこの補てんをしなくなってしまいます。(抱卵)
ですから、産卵養鶏は「産卵性」が強く「抱卵」をしない鶏が良いのですが、当時の日本では「抱卵」をしない鶏がいなかったといわれています。
江戸時代の初期では高貴な人々しか口にできなかった玉子料理ですが、江戸時代の中頃には養鶏技術の発達と「卵問屋」による輸送網の整備で「万宝料理秘密箱」という別名「卵百珍」という料理本も出版されるくらいに人気ジャンルとなります。現在でもお馴染みの「玉子焼き」、「玉子かけご飯」や「親子丼」、「茶碗蒸し」などもこのころに開発されています。
さて、長々と日本の養鶏史を追いかけてみましたが『イリッシュ大戦車戦』をはじめてとしたライズ世界ではどうだったのかを考えてみたいと思います。
現実のヨーロッパではローマ帝国時代から鶏の品種改良が行われておりますので、明治時代の日本としてはむしろ自国よりも優れた品種になっていたかもしれません。ある意味ダバート王国が最初に提供した対価だったのかもしれませんね。
(この時代はまだ「プラントハンター」と呼ばれる植物の新種を求める冒険家や学者がいますし、稲塚博士の「農林10号」がアメリカに接収され「緑の革命」といわれる契機になるように「新種」の価値は計りしれないものがあります。)
対して、日本が提供したのは医学知識や公衆衛生、玉子料理のレシピあたりでしょうか?
はぎわらさんから頂いた設定では、地球と交流が始まった当時、『皇帝熱』なる病気の真っ最中だそうですので、医者にかかれない病人や未発病の人間に栄養を得させるためにも必要でしょう。乳製品や玉子料理ならば馴染みがありますから患者が嫌がって食べないという事も防げそうです。(江戸時代にアメリカの漂流者を救助した日本人が出した食事が口に合わず虐待されたと抗議された経験があります。メキシコやトルコはそんな抗議してないのですが…。)
こうして、世にも珍しい「玉子の生食文化」は文字通り世界を渡ってしまったのです。(笑)
特に明治時代の従軍記者としても活躍し、製薬業界にも多大な足跡を残した「岸田吟香」(はじめて生玉子ご飯を食べたとされる人物ですが江戸時代の川柳や柳川藩のレシピに存在が示唆されていますのでここでは日本全国に拡めた人物とさせていただきます)が乗り込んでいれば「玉子かけご飯」の布教に勤しむ事間違いなしです。(笑)
ただ、ライズ世界の主食はトウモロコシらしいので「ウガリ」のようなトウモロコシ粉を主食にしていたアフリカ系や「トルティーヤ」のような無発酵パンを主食にしていたメソアメリカ系の食文化だと前提は崩れてしまいますね。(笑)
乳製品や玉子料理は馴染みがないどころではないので大騒ぎになったかもしれないです……。(笑)
ヴェロニカ:作者のはぎわらによると「食中毒で司令部全滅」と言うのは、某SF戦記物のオマージュで、原因として選択した卵にそんな深い背景があると全く考えてなかったそうよ。
SNSでドヤ顔で「世界観を掘り下げるべき」なんて持論を語ってたくせに、自分が実践できてないのは滑稽ね。悶えながら「谷利さん、ありがとうございます」と言っていたわ。