8月5日


 轟轟と鳴り響くエンジン音を意識の外に追いやって、隼人はマヤ機を探す。 空中戦で敵機を撃ち落とすには、奇襲が一番効率が良い。先手を取れば、相手の背後を取る事は容易だし、何より激しい機動を伴う格闘戦は、体力と気力を湯水のごとく消耗する。 マヤとの技量差を考えれば、隼人がマヤに黒星を付けるのは、先に発見して攻撃を掛けるのが近道である。

 索敵にもやり方があって、「点」を見つめては効率が悪く、集中しすぎて他を疎かにする。視界をある程度広く取り、探す場所を区切って順番に潰してゆく。見つからなければまた最初に戻る。〔隼〕のキャノピーはフレームで仕切られているので、窓1枚ごとに探すのが基本だ。

「!!」

 機体を傾けて左下方を探した時、西進する黒点を見つけた。マヤ機だ。 操縦桿を握る手に汗が滲む。 すぐ突撃したい衝動を抑えて、まず太陽の位置をチェックする。 ライズの月は2つあるが、太陽は1つだけで、動きも地球とほぼ同じ。日の光を背にすれば自機の発見を遅らせる事ができる。

(今度こそ!)

 スロットルを押し込んで加速をかけ、急降下する。
 背後を取り、射撃位置につくことが出来れば、模擬戦は終了だ。

 だが、腕っこきの下士官はそんな甘い存在では無かった。
 機首を翻して隼人機の攻撃をひらりとかわし、気が付いた時にはマヤ機が後ろにピタリと付いていた。
 勝ちを確信していた隼人は、大いに歯ぎしりする。
 前世の日本機が、優速の重戦闘機相手に良くやった手だ。攻撃を受けた時、最小の動きで攻撃を回避して敵機を先に行かせ、急加速して背後を取るのだ。これなら速度差を無視した戦いができるが、反面超人的な技量を必要とする。

『直ぐに攻撃をかけずに太陽を背にしたのは上出来です。しかし奇襲攻撃据え物斬りは不発に終わると隙を晒す、諸刃の剣である事をお忘れなく』

 そこまで言われて、自分が先にマヤ機を発見したのでは無く、まんまと誘い込まれたと思い知った。

「くそっ、また駄目か!」

 ついた悪態に反して、その表情は晴れ晴れとしていた。 負けはしたものの、以前の自分なら太陽の位置を見落としていたし、索敵のコツも少しずつ掴めて来た実感があった。

(だが、まだ”何か”が必要なんだ。技量差を埋める突破口が……)

 先ほどマヤが行ったような妙技は隼人にはまだ無理だし、出来たとしても彼女と同じ土俵で勝負できるとは思えない。 南部隼人ならではの、自分だけの戦い方がある筈なのだ。


◆◆◆◆◆


 一方のマヤも、隼人の成長にそれなりの手ごたえを感じていた。
 本人はまるで気付いていないが、彼のスタイルは「柔軟」の一言に尽きる。
 隼人は何かアドバイスを受けた時、可能な限りそれを試してみようとする。そこまでは良くある反応だが、彼は試して駄目だったことは「とりあえず忘れて」即座に次の方法に移る。
 かと言って、完全に忘れるわけではない。やり方を模索する中で一度捨てたやり方に価値を見出すと、恥じらいも無く再び拾い上げ、やっぱり駄目ならまた放り出す。
 技術は並以下。センスも嗅覚も直観力もパイロットとしては平凡である。
 だが、「失敗の上手さ」だけは群を抜いていた。
 訓練後のミーティングで反省点を列挙させると、「あの教訓からそこに気づくのか」と言う驚きを何度か感じる場面がある。そしてそれは模擬戦を重ねる度に増えている。

(これは、本当に化けるかも知れませんね)

 中隊長の檜が隼人との編隊訓練で「基本に忠実だが生真面目過ぎる。あんなに気を張っていてはすぐに疲れてしまうぞ」と苦言を述べた。
 後で檜に意見を問われたマヤは「同感です。少尉はあれもこれもやろうとしすぎます。伝聞に左右されて”間違った努力”ばかりしていたのでしょう」と切って捨てた。

「間に合うか? 休戦明けは近いぞ」

 檜とて加藤の部下である。奇行癖があろうが部下に死なれるのは辛いし、それを避ける為ならあらゆる事をしたいと思う。

「私の勘ですが、少尉は一気に化けますよ」
「本当かよ?」

 信じられない、と怪訝そうな顔をする檜に、マヤはいつもの調子で頷く。

「”間違った努力”が必ずしも”無価値”であるとは限りません。努力は間違っていても、それは遅効性なだけで花開く時は来ます。少尉の努力は間違っていても、努力の量はかなりのものですから」

 檜は「ふむ」と顎に手を当てて思考する。それなりに思い当たる事があったからだ。
 隼人の手記から言葉を借りるなら、軍隊とは良くも悪くも「効率厨」の集団である。効率良く仕事をこなせば時間が増え、時間が増えれば選択肢が増える。弊害として、「余計な物」「無駄な物」の効能を取り逃しがちである。
 軍事の天才ナポレオンは乱読家であり、カエサルは恋多き人生を歩んだ。「無駄」を通して得た人間への理解は、時として効率を上回る成果を叩き出すのだ「では、小隊の訓練割り当ての時間が来ますので」
 一礼してその場を辞すマヤの後ろ姿に、檜は「へぇ」と言う驚嘆の息を漏らし、乾いた口にトウモロコシ茶を流し込んだ。