反省会は「模擬空戦を繰り返してかなり疲れている筈です。ゆっくり休んで対策は明日から取りましょう」と言うマヤの言葉でお開きとなった。

「付き合ってもらってありがとう。樋口軍曹も」

 殊勝に礼を述べる隼人に、樋口は目を合わせず「いえ」とだけ応える。 何故か、マヤがため息を吐いた。

 「我々は明日からのメニューを検討しますので」と断り、隼人に退出を促す。
 もう一度礼を言って出てゆく隼人を、樋口は冷ややかに見つめた


◆◆◆◆◆


「……曹長が他人のスタイルにあそこまで踏み込むところを始めて見ました。自分には”あれ”がそんな逸材には見えませんがね」

 上官が去ったのを確認すると、樋口が仏頂面で苦言する。
 一方のマヤは、相変わらず無感動に「加藤隊長直々の指示ですので、念を入れただけです」と返した。そこから感情は読み取れなかった。

「それより、不必要な軋轢は敗北を呼びますよ。”佐藤中尉”と比較して失望するのは分かりますが、上官には最低限の礼儀を以て接して下さい」

 そこで、彼は「曹長がそれを言いますかね?」と初めて眉間の皴を緩めた。
 元々、彼は粘着質とは程遠い、さっぱりした付き合いやすい男だ。ただ、一度気に入ったものにはとことん入れ込んでしまう気質があり、部隊での渾名は「忠犬」だった。

「曹長は納得されてるんですかい? あのヒヨッコは佐藤中尉が遺された〔隼〕を、玩具を見る様な目で眺めていた。死んでいった人間の飛行機を受け継ぐ重さを何も理解していない!」

 「何に納得していないか」は言わなかった。隼人はともかく、自分たちにいつも配慮してくれる加藤の判断を批判するのは、心情としてやりたくなかったからだ。だが、上層部に関してはこの限りではない。
 慕っていた小隊長の戦死で衝撃を受けているところに、後任として配属されてきたのは奇行癖のヒヨッコ。樋口でなくとも面白くは無いだろう。
 これが総力戦による人手不足ならばまだ話は分かる。しかし、広報部隊を兼ねる64戦隊の特性を考えれば、それなりの経歴の者が着任するのが普通だ。
 ベテランでエースのマヤに勝てないのは仕方ないにしても、手も足も出ないのは論外と言える。帝国派だって凄腕はごろごろ居るのだ。

「私は最善を尽くすだけです。それに……」

 すっと細められるマヤの目に、彼は息を飲んだ。
 樋口には分かる。彼女は感情表現に乏しいだけで、決して感情そのものが希薄である訳ではない。
 寧ろ、戦う姿から気性の激しさを垣間見る事すらある。それは滅多に見せないことだったが、それだけに威圧感も半端ではない。

「『無批判は危険』と言ったのは、少尉に対してだけではありませんよ?」

 マヤとは、開戦以来同じ小隊でやってきた。 彼女が隼人に語る警告は、前任者を絶対視する自分にも向けられている事は百も承知。 だが、感情がついてこなかった。

「少し、時間を下さい。上手くやれるよう努力します」

 マヤは、いつもの無感動な表情に戻って、「あまり時間はありませんよ」とだけ告げ、退出してゆく。
 樋口は頭をがしがしと掻くと、どっかりと椅子に座り込んだ。
 分かっている。そんな事は分かっているのだ。