1895年に地球と交流が始まった異世界「ライズ」は、魔法の才能次第で平民が貴族に成り上がれる風土もあり、地球以上に英雄譚に事欠かない。
 近代史を代表する立志伝として、最も人気のある人物は、やはり南部隼人であろう。
 彼はダバート王国のありふれた漁村で、気球技師の息子として生まれた。優れた魔法が使えたわけではなく、突出した才能もない。奇行癖のせいで奇異の目でみられる少年時代だったと言う。
 そんな彼が空軍パイロットである銃士の称号を得て、クロア内戦で初陣を迎えてると、ライズ各地を転戦。多大な功績を残した。空軍の空中艦隊ですら手玉に取った古代竜と対峙し、見事討ち果たしたのである。
 また、彼は指揮官としても、指導者としてもこの上なく優秀だった。 彼の提案する航空機の運用や戦術は、空軍に革新を呼び込んだ。
 マリオ・カライオ、早瀬沙織を始めとした数多くの部下達は、多大な功績を残した理由に彼の教えを挙げている。
 同僚の銃士ばかりでなく、王侯貴族や宗教家から、企業人、孤児や農民と、階級を問わず様々な人々に慕われた。国王から爵位とともに下賜された褒美を、航空技術の発展の為惜しげもなく使い、その行いが更なる人望と富をもたらした。
 南部隼人は、人間ならば一度は夢見る、富と名声、そして円満な家庭生活を全て手に入れた稀有な人間だった。

 ライズ、地球問わず、彼に憧れない飛行機少年は存在しないだろう。
 近年、南部隼人が生前に残した様々な機密文書が公開された。そこには驚くべき事実が記されていた。
 南部隼人は、竜神の導きにより、別の歴史をたどった地球からやってきた「転生者」であり、彼の考案したアイデアは、すべて彼の前世である、別の歴史を辿った地球から流用したものであるというのである。
 発表時、一部のメディアが「英雄は剽窃者に過ぎなかった」とネガティブキャンペーンを張ったが、非難の声は次第にしぼんでゆく。彼自身が生前に記した「激動の時代を祖国が生き延びるためとは言え、他人の功績を我が物とした非難は受けるべきである。誠に申し訳ないことをした」と言う謝罪文が公開されたこと、多くの戦史研究家が「アイデア自体は流用だったとしても、最適解と言って良いほど適切な使い方が、彼以外に出来たとは思えない」「彼以外の転生者の証言から、彼らの居た前世に魔法は存在しなかった事が分かっており、魔法を用いた数々の戦術は他ならぬ彼自身が考案したものである」と口を揃えてコメントしたことも一因だが、同時期に公開されたジャン・スターリングの手記が決め手であった。
 彼は箱舟戦争当時、ゾンム空軍の少佐として、南部隼人と幾度も戦いを繰り広げた天才パイロットである。


 彼が転生者である事実を知って、もしかしたら南部隼人に憧れる子供たちは、失望を感じたかもしれない。資質に欠ける彼が英雄になれたのは、ただ竜神の加護によるものに過ぎなかったと。
 しかしそれは間違いである。クロアを皮切りに、幾度となく彼と刃を交えた私は断言する。南部隼人の強さは、前世の知識などではない。クロアで、スダ大陸で、セーント諸島で、私は彼に土をつけた事は幾度かあったが、同じ戦い方が通用した事はついぞなかった。
 どんな些細な敗北からも学ぼうとする姿勢。そこにおいて彼の右に出る者は存在しなかった。
 天才とおだてられた私は、初戦で対峙したとき並以下の新米パイロットしかなかった彼に、セーントでの最終決戦ではひたすら圧倒された。それは偏に、彼の探求心と、飛ぶ事への真摯さから来るものである。
 我が友、南部隼人に憧れる子供たちよ。どうか、恐れずに挑戦してほしい。南部隼人を追い越す者が居るとしたら、それは竜神の加護を持つ者ではなく、君たちの中で、彼以上に瞳を輝かせて空を見上げる誰かであるのだから。

ゾンム帝国宰相 ジャン・スターリング著『箱舟戦争回顧録』より


 南部隼人は、かつて多くの歴史家、作家が手掛けてきたが、彼の革新性や優れた人間性、英雄的な行動に焦点が当てられてきた。
 そこで、拙著ではあえて「ごく普通の青年」としての南部隼人を描いてゆきたい。
 既に故人である英雄をただ褒め称えるよりも、そこから普遍的な「何か」を追い求める方が、「南部隼人に憧れる子供たち」に対してのエールになるだろう。
 これからの未来、ライズの空を担うのは過去の英雄ではなく、ジャン・スターリングが語った「彼以上に瞳を輝かせて空を見上げる誰か」なのだ。