
技師の息子イカロスは、蝋の羽で空を飛んだ。父は太陽の熱で蝋が溶けるから高く飛ぶなと警告するが、自由に飛べる喜びで我を忘れ、墜落死した。ギリシャ神話のエピソードである。
シュンはイカロスをを称える歌を前世で聞いた時、なんんて馬鹿な奴だと思った。父親の言いつけを守っていれば、死なずに済んだのにと。
でも、大空に魅せられてからあの日から思う様になった。例え命と引き換えでも、大空にはばたいた彼が羨ましいと。こちらへ来る半年前、病院のベッドでそんな話をミユキにしたら、彼女はいつもの男口調で言った。
「あの歌は元の神話と真逆のテーマなんだ。技術や自分自身を妄信した者は滅びると言う話だから、子供の頃感じた方が本来の意味合いだよ」
いつもは抗がん剤のせいで吐き気がひどく、眩暈や疲労感で見舞にきてくれる彼女とはろくに話せない。今日は珍しく調子が良くて、つい饒舌になった。
「その神話を考えた奴は、とんでもない阿呆だ」と名も知らぬ古代の語り部を鼻で笑った。
「翼を与えられた人間が、高くはばたきたいと言う情熱に勝てるわけがない」と。
ミユキは苦笑して「お前はブレないなあ」と呆れた後、付け加えた。
「オレもそう思うよ」
涙がにじむミユキの目を、彼は直視できなかった。
イカロスはずるいと思う。命と引き換えに飛ぶことが出来た。もうすぐ命を失う自分は、病室からただ空を眺めている。
飛びたい。はばたきたい。ただそれだけを願った。
たとえ、鉄の勇気が我が身を引き裂こうとも。

◆◆◆◆◆
降臨暦942年9月10日 クロア公国
「全機出撃!」
待機所に据え付けられた有線電話を片手に、加藤建夫戦隊長が叫ぶ。
南部隼人少尉は読んでいた文庫本を放りだし、傍らの飛行帽をひっつかんだ。
飛行64戦隊に所属する34人の戦闘パイロット達が次々と待機所(と言っても小学校の校舎を改造した簡易的なものだが)を飛び出し、愛機に向かう。
(いよいよか。待ってろよ……)
降臨暦942年9月10日、「ライズ」と呼ばれる世界の片隅で起きたクロア公国の支配権を巡る大公派と帝国派の内戦は、緒戦の消耗による休戦期間が終了し、新たな局面を迎えていた。
帝国派を支援するゾンム帝国製の飛行機と戦車が、濁流のごとく大公派の勢力圏に殺到し、大公派の戦力は対応に忙殺されている。
クロア半島はゾンム本国に突きささった鏃である。

国境を構成するウィート山脈を飛び越えて飛行機を運び込めばいい帝国派と比べ、大公派を支援する国々は広い中央海によって隔てられている。機材も人員も、飛空艇(浮遊魔法とレシプロエンジンを組み合わせた空飛ぶ船舶)や輸送船団がせっせと運び込んでいたが、どうしても即応性に差が出てしまう。大公派は英国から導入した対空レーダーを軸にした、「オーディーンの瞳」と呼ばれる防空システムで対抗したが、帝国派の大群はじわじわと南下を始めていた。
隼人は飛行場を駆ける。
迎撃任務にブリーフィングを受ける時間は無い。全て空に上がってから説明を受ける事になる。
既に整備小隊の隊員たちが、戦闘機に取り付いている。
機体のチェックはパイロットが直接行わなければならない。火器の弾詰りやタイヤの空気漏れに自機の速度を感知するピトー管のゴミ詰まり等、致命的な故障はちょっとしたチェックミスから生まれる。パイロットはこれを短時間で行えるよう、文字通り殴られながら訓練を受ける。
ジェットエンジンやらミサイル等と言った無粋なものは、まだ空の王者になってはいない。
ガソリンをシリンダーに流し込んで爆発させ、そのエネルギーでプロペラを回して空を飛ぶ。所謂”プロペラ飛行機”。それが彼らの翼だ。
〔一式戦闘機隼〕
日本陸軍が、ダバート王国にライセンス生産させている主力戦闘機である。
クロア半島で内戦が発生した時、大公派を支援する為に大日本帝国が送り込んだのは、信頼性が高く、整備の行き届いていない飛行場でも運用できるこの〔隼〕と、シベリアの英雄加藤建夫中佐率いる飛行第64戦隊の精鋭たちだった。
もっとも、名前こそ伝統ある64戦隊だが、内実は陸海軍のパイロットや、隼人の様なライズ人パイロットが入り混じった混成部隊である。
隼人が所属する第三中隊の後方で離陸準備中なのは、海軍の英雄、南郷茂章少佐率いる〔ゼロ戦〕部隊が控えている。
「行けます!」
機体付けの伍長に頷き、主翼の付け根に足をかけてコックピットに滑り込む。
計器の確認を行いながらシートベルトで体を固定する。必要な時間は数秒だ。
高価なアメリカ戦闘機は「セルモーター」と言う部品を持っていて、自動車の様にスイッチ一つでエンジンを始動できるが、日本製の機体にそのような贅沢な装備は無い。エリート部隊である64戦隊には備品が優先配備されるため、先行して離陸する機体は「始動車」と呼ばれるトラックに積んだ機械でプロペラ掴み、外から回転させてエンジンを点火するが、流石に1機につき1台用意するとはいかない。待ちきれないとばかり、整備兵達が人力で始動用の棒を翼の下部に突っ込み、ぐるぐる回して手動でエンジンスタートを行ってゆく。
「点火ッ!」
伍長の声にスターターを踏み込む。整備員の腕と優先的に割与えられた潤沢な物資、ついでに高品質の燃料のおかげでエンジンは快調に始動した。
「少尉! 御武運を!」
敬礼する伍長に返礼し、笑顔を返す。
「ありがとう! お借りするよ」
誘導員が旗を振って「離陸可」の合図を寄こす。
慎重にスロットルをゆっくりと押し込み、機体は加速して行く。 機体がふわりと浮き上がり、ジュラルミンの翼は大空をはばたいた。
『ケツは持ちます! 大船に乗ったつもりで戦って下さい!』
部下の樋口哲也軍曹から無線が入る。隼人は「心配ない」とだけ返す。
『少尉、訓練通りにやればいいので。少尉は下手くそなんですから、功を焦ってはいけません』
「ぶっ、ここに至ってそれかよ!」
同じく小隊のマヤ・サヴェートニク曹長のあんまりな一言に、怒るより苦笑してしまった。最近分かった事だが、彼女は親しい相手にしかこういった言葉は吐かない。寧ろ気に入らない相手ほど笑顔で対応するタイプなので、それなりに信頼されているのだろう。……多分。
2人とも新米である自分をなんとかまともにしようと、寝る間を惜しんで鍛えてくれた。無様な真似は見せられない。 今のやり取りで、気が付けば余計な力が抜けていた。隼人は内心で2人の気遣いに感謝すると、小隊を部隊の最後尾に誘導する。
クロアで内戦が起こってから、戦闘機の編成は従来の3機編成からドイツ式の2機若しくは4機編成が主流となっているが、初戦で消耗した大公派陣営は、休戦期間中も定数が回復するまでの補給を行う余裕は無かった。その為、隼人の僚機はマヤが務め、樋口が単独で立ち回ると言ういささかイレギュラーな編成になる。
『こちら航空指揮艦〔ペトルス〕、敵編隊は貴下の30キロ北方を飛行中、高度約3700メートル。機影は大型機6機、護衛戦闘機36機』『こちら64戦隊加藤、感謝する』
〔ペトルス〕は大公派が休戦明けに向けて用意していた秘密兵器で、飛空艇に艦載レーダーを据え付け、管制員を載せて戦闘機を誘導し、地上レーダーの穴を埋め、帝国派の防空網の穴を探す航空戦の要であある。〔ペトルス〕が電波式レーダーと併用している魔導レーダーは探知範囲こそ劣るが、敵影を正確に捉えることが出来る。おかげで詳細な高度や機数まで正確に把握できたのは大きなアドバンテージだ。
『大型機は〔B17〕、護衛機は〔ウォーホーク〕だと思われる。注意されたし』
『了解!』
〔B17〕は史実で日本の都市を焼け野原にした〔B29〕の1世代前の重爆撃機で、〔B29〕で発揮された重装甲とハリズミの様な防御砲火は〔B17〕から引き継いだものだ。
〔ウォーホーク〕はスピードこそほどほどだが、重防御・重火力のしぶとい奴だ。どちらもクロアでは初見参だが、史実で〔隼〕が散々苦戦させられた難敵だ。

敵の位置と高度が分かれば、こちらは有利な位置から戦闘開始できる。戦隊は上方からの攻撃を意図して高度を上げてゆく。
『敵機発見!』
最初に敵編隊を発見したのは中隊長の檜与平中尉だった。流石に歴戦の戦闘機乗りにして史実で「義足のエース」として名を馳せた伝説のパイロットだ。
機体を横倒しして下方を確認すると(コックピットから下方を見るのは難しい為、このような操作を行う)、ゴマ粒の様な点がいくつも見えた。
『第一中隊の〔ゼロ戦〕は爆撃機を攻撃! 〔隼〕は敵戦闘機の相手だ』
檄を飛ばすないなや、加藤隊長の〔隼〕を先頭に、戦隊34機は一斉に急降下する。
隼人も生唾を飲み込むと、操縦桿を前に倒し、スロットルを押し込んだ。
〔隼〕の加速性能はピカ1である。プロペラが風を切り裂き、敵との距離はぐんぐん縮まってゆく。ゴマ粒だった敵機は、見る見るうちにその巨体を露にして行く。
初めて見る〔ウォーホーク〕は前世の図鑑で見たのと違い、意外にスマートな印象を受けた。
先頭を切った加藤隊長の〔隼〕に誘導され、最後尾の1機に目星を付ける。一般的に練度の低いパイロットは編隊の後方を飛ぶ。つまり、一番落としやすい。
情けない話だが、隼人の様な新米が実践デビューで戦うなら弱い相手の方が良い。無理に猛者に戦いを挑んで返り討ちにされれば、それだけ部隊の仲間に負担が増える。
心臓が早鐘の様に鳴り響くのが耳障りだった。静まれ、静まれと心で唱えて、左手のスロットルに据え付けられた機関銃のトリガーにゆっくりと力をこめる。
弾道を知らせる為に実弾に混じって装填された曳光弾がパッ、パッと輝いて、銃口から飛び出してゆく。脳内麻薬が大量に分泌されているせいか、訓練の時はうるさい程感じた銃声は全く気にならなかった。
こちらの接近に気付いた敵機は分隊(2機)ごとに規則正しく分散し、回避運動を始めるが、上方からの奇襲攻撃に、数機が煙を上げる。
レシプロ戦闘機の戦いは映画の様にドカンと爆発するとは限らない。ガソリンの引火で炎を上げて燃えるか、冷却液がすーっと白い糸を吐きながら、オーバーヒートして墜落して行くのが良くあるパターンである。
〔ウォーホーク〕の頑丈さは別格とは言え、パイロットが死傷したり、エンジンのシリンダーを叩き折られたら無事では済まない。逆に言えば、そう言った急所に命中するか、大量の弾丸を撃ち込んで機体を破壊しない限り、こいつを落とすことは出来ない。
そして64戦隊のベテラン達は、貧弱な〔隼〕の武装でも敵機にダメージを与えるための研鑽を積んでいた。たちまち数機がガソリンや炎を吹き出しながら高度を下げてゆく。
隼人は自分の放った弾丸が〔ウォーホーク〕に吸い込まれるのを確かに確認した。だがどの程度ダメージを与えたかを認識する暇も無く、両機は時速600kmを超える凄まじい速度で交差する。
『少尉! 敵はまだ生きています!』
僚機のマヤ曹長の怒鳴り声が受信機から響く。
(あれを食らって生きてるのかよ!?)
アメリカ戦闘機の重防御ぶりを身をもって思い知らされたが、その様な驚きは後で好きなだけ表明すれば良い。思考を止めて前の危機に対処すべきである。何故なら仕留めそこなった敵機が、すれ違って尻を見せた自機を追ってくるからだ。
次の手は2つある。このまま急降下して離脱し、距離を取ってから上昇して戦場に戻るか、直ちに旋回して反撃してくる敵を迎え撃つかだ。
生存を優先するなら前者が最適解だが、生憎とそんな選択肢は存在しない。
乱戦のさ中に離脱などしたらそれだけ他のパイロットに負担が行く。そして敵戦闘機に対する圧力が減れば爆撃機を攻撃する〔ゼロ戦〕が不利になり、そのせいで見逃した爆撃機は、都市に向けて爆弾を落すかもしれない。
今のところ帝国派陣営はそのような凶行に及んではいないが、彼らを支援しているゾンム帝国は無防備都市を無差別爆撃すると言う悪魔の所業を平然と行っている。
すぐに操縦桿を倒し、フットバーを踏み込む。〔ウォーホーク〕が武蔵坊並みの頑健さを誇るなら、〔隼〕は身軽な牛若丸だ。遠心力で頭に血が上るのに耐えながら、〔隼〕はぐるりと旋回する。
隼人は、軽く息をすると、「魔力器官」をゆっくりと解放した。 ライズに降り注ぐ「マナ」を浴びた人間は、まれにマナを魔力に変換する魔力器官を持つ者が居る。彼らは、魔力を用いて物理現象に干渉することが出来る。かつてこの地に降臨した竜神が伝えた魔法の力だ。
隼人の魔法は「10秒間だけ身体能力を上げる」と言う、貧弱なものだ。だが、空戦時の10秒は十分に長い。 その間に戦闘機の機動が生み出す強力な|重力《G》に耐性ができると言うのは、パイロットとしての才覚に欠ける彼が持ち得る、強力な武器だ。
逃げる〔隼〕と追う〔ウォーホーク〕はお互いの尻尾に噛みつこうとする闘犬の様に、背後を狙って円を描いて飛ぶ。戦闘機の格闘戦を「ドッグファイト」と呼ぶのはこのせいだ。
だが、すぐに追われる筈の〔隼〕が〔ウォーホーク〕の背後にピタリと付いた。〔ウォーホーク〕は頑丈さと引き換えに旋回性能はあまり良くない。一方の〔隼〕はドッグファイトに勝ち抜く為に生まれた生粋の軽戦闘機だ。初撃で受けたダメージで、〔ウォーホーク〕の空力性能が低下していたのも効いた。
隼人は今度こそ慎重に照準器を覗き込み、敵機の進路上に照準を合わせトリガーを絞り込んだ。
射撃の反動が機体を揺さぶる。放たれた炸裂弾が主翼の構造材に大穴を空け、内部の燃料が噴き出す。バランスを崩した〔ウォーホーク〕は錐もみ状態で地上に落下して行く。あれでは脱出は叶わないだろう。
初めて手にする空戦での勝利に安堵し、一瞬だけ力が抜けた。
『後ろ上方!』
マヤの声で反射的に体が動いた。操縦桿を左に倒し、右足で反対側のフットバーを蹴り込む。
この操作を行うと、飛行機は斜めにスライドしながら飛行する「横滑り」と言う現象を起こす。敵弾を回避するには最適な機動である。
敵に狙われた時、この動作を適切に行えるかどうかが、生き残る者と死ぬ者の差だ。
そして、今回隼人は何とか後者に属する事が出来た。
後方から突っ込んでくる曳光弾の濁流と新手の〔ウォーホーク〕に、背筋がすっと冷たくなる。こいつの火力は〔隼〕の3倍以上ある。射線に飛び込めば即蜂の巣だ。

新手の方は、〔隼〕と格闘戦を行う愚を犯さず、降下して離脱を試みたが、それを見逃すマヤでは無かった。
〔隼〕のもう1つの武器は加速力。エンジンを全開にしてから最高速度に達する時間が極端に短いことである。マヤ機はあっという間に最高速に達すると、躊躇なく〔ウォーホーク〕のコックピットを撃ち抜いた。キャノピーのガラスと血しぶきをまき散らしながら、〔ウォーホーク〕は墜落してゆく。
こんどこそ一息ついた隼人は、周囲の状況を確認する。
最初に好位置から奇襲をかけたのが功を奏してか、敵編隊は散り散りになり、生き残った機体も既に味方機に追い回されているか、爆撃機を見捨てて急降下で離脱してしまっている。
〔ゼロ戦〕の方も〔B17〕に食らいつき、〔隼〕には無い強力な機関砲でダメージを累積させている。装甲と防御火器の固まりである〔B17〕ではあるが、主翼の付け根にある燃料タンクが火を噴けば、翼がへし折れて9名の乗員を道連れに地上に激突し、死のオブジェとなるしかない。
しかも、64戦隊の迎撃を突破しても、拠点には無数の対空砲が配備されている。護衛戦闘機が散り散りになり、機体を穴だらけにされた状況で砲火に飛び込むのは不可能と判断したのか、〔B17〕は機首を転じて後方に引き返してゆく。 しかし、12機の〔ゼロ戦〕に取り囲まれたのにも関わらず、火を噴いて落ちたのは半数の3機だけだった。
◆◆◆◆◆
『初戦でパニックにならなかったのは上出来です。油断して後ろにつかれたのはまだまだですが』
マヤがそんな辛辣な寸評を浴びせてくる。彼女の容赦ない毒舌はいつもの事だが、戦闘で消耗した状態で聞くのは来るものがある。それでも、生き延びてまた毒舌を浴びることが出来たのが妙に嬉しかった。
『精進するよ』
とだけ返して、深く息をついた。 樋口の〔隼〕が隼人機の横に付けて、主翼を上下に振る。「バンク」と呼ばれる飛行機乗りの挨拶だ。状況に応じて様々な意味を持つが、この場合は戦闘を切り抜けたねぎらいと、初撃墜の祝福だろう。
そんな粋な行動に、隼人は同じく翼を振って返す。
パイロットは戦いが終われば緊張から解き放たれるわけではない。編隊を組み直し、基地まで帰還する役目が残っている。
被弾した機体が帰路で火を噴くかもしれないし、残りの燃料も管理を怠れば基地に愛機を持って帰れない。無防備な着陸時を待ち伏せて攻撃を仕掛ける「送り狼」と呼ばれる戦術も横行している。寧ろ戦いを終えた帰路の方が油断できないのだ。
ふと、日輪の光が隼人を優しく覆う。自分はあんなにも憧れ、恋焦がれた空に居る。 蝋の翼は無いけれど、操縦桿とスロットルでジュラルミンの翼を操って、イカロスよりも高く自由に飛んでいる。
隼人は、そうしたいと言う誘惑に勝てず、大空に手をかざしてみた。
(ミユキ、俺飛んでるぞ)

初めて飛んだ時に思った事を、もう一度心で呟いてみる。 そんな感傷は、僚機からの通信で遮られた。
『上の空ですよ少尉。しっかりしてください』
「……済まん」
『飛び方に出ています。少尉は飛ぶ事が楽しくて有頂天になるとそう言う飛び方をしますが、無駄な機動は燃料の浪費です』
「……気を付ける」
自分が悪いので平謝りするしかない。確かに、このタイミングで余計な思考は命取りだ。これは後々までチクチクと言われるなと覚悟する。
『……まあ、気持ちは分かります』
「え?」
思わず返した返事に答えず、マヤは『中隊長機と距離が空きすぎです。しっかり誘導してください』といつもの様にダメ出しをした。
「悪い」
隼人は再び意識を集中させると、周囲を警戒しながら今後の段取りを頭の中で組み立てる。
そのせいで、何時も冷静なマヤが無線を切り忘れていた事、僅かに漏らした『……良かった』と言う声と、安堵のため息に気付く事は無かった。