ことは:この記事では葵紺碧氏の創作小説『「真秀ろばの国」導く、異世界新秩序』の解説を行っているわ。第2回はF14J〔トムキャット〕の後編よ。前編をまだ読んでない方はこちらへどうぞ。
マリア:さて後編です。いよいよ作中で魔改造された〔トムキャット〕をご紹介しましょう。
導入までの経緯
マリア:『真秀ろば』世界で自衛隊が高価な〔トムキャット〕をわざわざ採用した前提として、航空母艦のインフレがあります。
真:インフレ? 空母が値崩れするの?
マリア:値段と言うか、 読者の皆さんの世界と比べて空母の保有国が大幅に増えていると言う相違になりますね。読者の皆さんの世界ではアメリカ、イギリス、フランス、イタリア、インド、ロシア、中国、タイ。これに加えて日本もようやく小型空母を保有することにとなりました様ですね?
ことは:ヒャッハーの人たちが頑張って反対してたみたい。確かに〔B52〕超大型爆撃機が飛び立てるんだから周辺諸国にとって脅威よね。主翼が全幅と同じくらいある巨人機が発艦可能な航空母艦。まさに米帝驚異のメカニズムね!
真:はいはい、またそうやって方々に喧嘩売って……。
マリア:えーと、続けて良いですか? 前編でもちょっと話が出ましたが、お二人の世界では第二次大戦末期に北海道に侵攻したソヴィエト軍は、迎撃を行った〔信濃〕旗下の日本海軍と大規模な砲撃戦を戦っています。その華々しい戦いの報告を受けて、同志書記長は思ってしまったのです。「海軍いーじゃん! すげーじゃん! 戦艦も空母もじゃんじゃん造ろうぜ!」と。
真:あちゃー。
ことは:一般人と独裁者の違いは遊ぶ玩具の値段だけってよく言うじゃない。時々玩具に万単位の人命が含まれちゃったりするけど。
真:それはそういう格言じゃないよね?
マリア:ソ連は枢軸国から戦時賠償でふんだく……入手した空母を参考に、大海軍の建設に入ります。こうなるとアメリカも自国だけでソヴィエト海軍に対抗する状況に不安を感じ始めます。
真:何で? さっきの話だと陸軍国の海軍は海軍国に敵わないって……。
マリア:戦力としてはそうでも、不測の事態がある度に空母をあちらこちらに動かすのはお金がかかります。それなら大戦終結で持て余している旧式空母を友好国に供与してソヴィエト海軍に圧力をかけてもらおう。自分の懐が痛まないばかりか、解体費用まで節約できてしまう。こいつはいいアイデアだと。
ことは:さすが米帝! おれたちにできない事を平然とやってのけるッ! そこにシビれ(以下略)。
マリア:さっきから彼女は何を言っているんですか? なんか兄さんが2人になったようで軽い恐怖を感じるんですが……。
真:マリアさんも苦労してるんですね……。
マリア:まあいいです。アメリカの打診を受けて、日本も早速モスボールされていた大戦型空母を引っ張り出してきてジェット機の運用に耐えるように改装します。こうして日本に空母機動部隊が復活するわけですが、ソ連も空母を6隻に増産したり北日本に戦艦を供与して海自を牽制したりと、読者の皆さんの世界では終わりを告げた巨艦同士がにらみ合いが続いていくのです。これが日本に〔トムキャット〕がやってくる背景ですね。
ことは:読めたわ! 空母と同じように高価な〔トムキャット〕を日本に売れば価格を下げられるという訳ね!
マリア:そうですね。加えて言うなら、ソ連と赤い日本の強大な海上戦力をある程度日本に抑えてほしいと言うのもあります。実際北海道戦争では〔信濃〕と言う巨大戦艦が駆けつけなければ危ないところだったようです。
真:その辺はよく映画になってるよね。
ことは:そうそう! 〔大和〕なんかも沖縄で奮戦してるのに「アニメで宇宙戦艦に改造されなかったら〔信濃〕の陰に隠れてメジャーになれなかった」なんて言う人がいるし。
マリア:続けますよ? こちらの世界では大戦下の本土空襲が限定的だった事もあり、インフラや人材の喪失が少なく経済の立て直しも早期に実現できました。今私たちがいる超大型空母〔ずいかく〕もそのひとつですね。自動車だけでなく航空産業も堅調でしたので、これだけの巨艦を運用できる予算を何とか捻出できたのです。
真:具体的には?
マリア:読者さんの世界で言うと、思いやり予算全額よりちょい多いぐらいでしょうか? これを高いと見るか国防上必要なコストと考えるかは人によるでしょうね。
ことは:ほほう。私たちは教科書や報道でお化け空母の大活躍を知ってるけど、それを知らない当時の人にしてみれば大冒険だったわけね。
マリア:さて、大型空母の建造に伴って〔トムキャット〕の採用が決まりました。生産を担当したのが戦後も生き残った航空メーカー、三菱重工です。敗戦まで〔ゼロ戦〕こと〔零式艦上戦闘機〕をはじめとした様々な軍用機を造っていた会社ですね。
ことは:『王立空軍物語』の第一部「鋼翼の7人」編 で、そこに倒れてる隼人さんと一緒に戦う事になるパイロットが乗っていたのも、三菱の〔ゼロ戦〕とか〔九六式艦戦〕よね。
マリア:そうですね。一時とは言えそんな〔ゼロ戦〕神話が生まれたりもしたせいでしょうか? 戦っていたアメリカ側からもやや過分な評価があったりもした様で、戦後の三菱は〔零戦〕のライバル機である〔ワイルドキャット〕や〔ヘルキャット〕を造ったグラマンと親密になり、どちらかと言えば海自の母艦航空隊向けの艦上戦闘機 を多く担当する傾向が見られる様になっていますね。
真:かつてのライバル同士が手を組んじゃったんだ!
マリア:そうですね。ミリタリー好きな界隈では誰もがそう言う状況になっていますね(笑)。話を戻して、戦前の日本の航空産業界はそんな三菱と「中島飛行機」の二社が双璧でしたが、義兄は三菱の〔雷電〕や〔烈風〕よりも手堅くてシンプルな中島の戦闘機の方が扱いやすいと言ってます。
残念ながら読者の皆さんの世界では、中島の後身である「富士重工」は航空産業への復帰の道を実質的に閉ざされて、自動車や色んな機械を造っているようですが。
真:ええっ、富士重工って向こうでは戦闘機造ってないの!?
ことは:レジェンドな飛行機会社の主製品が今や自動車だとは……。
マリア:こちらのアメリカは、富士重工を潰して三菱一社だけにさせたら北海道方面で戦争をする時に、整備拠点や部品の供給が滞ると分かっています。富士重工はこれ幸いと大戦中の工場を拡充して製造能力を取り戻し、民間市場に打って出たのです。そして二十数年後、三菱がF14〔トムキャット〕 の生産にかかり切りになるだろうと言うのは明白だったので、空自向けのF15〔イーグル〕の製造については、富士重工にと白羽の矢が立ったという訳ですね 。
こうして高価な両機種を競合させずに並列で無事に導入する運びとなって、〔トムキャット〕を開発したグラマン社の経営陣は、これで倒産は免れたと胸を撫でおろしたそうです。
真:どれだけ高いんだよ〔トムキャット〕。
F14J改〔スーパートムキャット〕
マリア:という訳で、お待ちかね魔改造タイムです。私もさっき資料を見せて頂いて驚いたんですが、元々海上自衛隊仕様のF14J:通称「日本猫」はIHI社製のターボファンエンジンと日本製電子機器を取り付けた結果、本家〔トムキャット〕の上位互換的機体になっていました。強化したエンジンはライバルのF15〔イーグル〕戦闘機に迫るパワーですので、商売敵にエンジン出力で水をあけられている状況が随分好転しましたのです。
ことは:大きく出たわね。そんなことをしようとしたらアメリカから技術をせびられたりしたんじゃないの?
マリア:すみません。流石にそこまでは把握してません。義兄なら詳しく知っていると思いますが、もしかしたらそんないざこざがあったのかも。
真:でも、エンジンはともかくとして、ミサイルがいっぱい積めなかったり強化できなかったりする問題は解決してないよね?
マリア:当初はそうでした。ところが80年代に近代化改修が決まった時、日本人はやっちゃったんです。アメリカが躊躇した主翼の強化を。上の写真を見てください。これがF14J改〔スーパートムキャット〕です。主翼にミサイルを複数積んでるでしょう?
真:大丈夫だったの?
マリア:〔F2〕戦闘機の時も向こうの技術者を驚かせたそうですけど、日本はこの分野で一日の長があります。こちらの日本は航空大国ですからその差はさらに開いているんです。かなり苦労したようですが、主翼が頑丈になったことでより力強い機動も可能になりました。
ことは:これで本当に映画の〔トムキャット〕みたくなった感じね。
マリア:では機体のお尻を見てください。
真:なんか映画と違うね。
ことは:噴射口が〔トムキャット〕っていうより某ロボットの飛行形態みたい。
マリア:これが義兄が言っていたベクタードスラスターです。日本語だと推力偏向ノズルですね。ノズルから吐き出される噴流の向きを調節することで、運動性を大幅強化します。
ことは:本当にロボットアニメみたいね(うっとり)。
マリア:垂直尾翼にも注目して下さい。
真:あれ? そう言えば外側に傾いてる!
マリア:ステルス性を上げるための措置ですが、水平バランス向上の効果もあります。新しい戦闘機の多くがこのタイプですよ。
ことは:「魔改造」って言うからモノスゴイ技術で生まれ変わった戦闘機なんだと思ってたけど、どちらかと言うと「開発当時にやりたくても出来なかった事を、今の技術で実現した」って感じね。
マリア:上手い事言いますね。F14J改〔スーパートムキャット〕は元からあった可変翼と言う武器に加えてベクタードスラスターと強化された主翼による運動性、搭載量の増加によるマルチロール性能を兼ね備えた万能戦闘機になったのです。
ことは:凄い! 「みたい」じゃなくて、本当に映画の〔トムキャット〕そのものね! で、いつ〔ゼロ戦〕とドッグファイトするのかしら!?
マリア:〔ゼロ戦〕と戦うんですか? 完全に異種格闘技みたいになって優劣なんて付けられないと思いますよ? 格闘戦に持ち込まれたら軽量で小回りの利く〔ゼロ戦〕を撃ち墜とすのは大変でしょうけど、〔トムキャット〕なら簡単に直掩機を突破して空母や飛行場を撃破可能ですので結局は……。
真:映画の話ですから真面目に返さなくていいです! 続けていいですから!
マリア:そうですか? では〔フェニックス〕ミサイルに必要だったレーダー員がここで生きてきます。旧型で潰してしまっていた後部シートを復活させて、電子戦機型のEF14J〔ジャムキャット〕として運用されるようになった機体も登場しました。電子妨害ポットを装備して敵レーダーにジャミングをかけたり情報を集めたりするのが主任務ですが、電子戦装備を付け足しただけの戦闘機なので、発見した敵に自分でミサイルを撃ち込んだりも出来ますし、万一攻撃を受けても即座に反撃可能です。
ことは:本当になんでも超人ね。でもやっぱり気になるのが……。
マリア:そうなんです。やっぱり欠点はありまして……。
真:ああ……。
マリア:やっぱりお高いんです。素材技術の向上で強度は確保できても、可変翼の部品点数はどうしても多くなります。それを動かすソフトウェアも開発に時間とお金がかかりました。
真:じゃあやっぱり新型機に変えた方がいいんじゃ……。
マリア:それは、日本人的貧乏性が招いた悲劇です。「既存の戦闘機を改造した方が安くつくだろう」→「予定外の問題発生」→「リカバーするために追加予算投入」→「その繰り返し」→「結局新調するより割高に」と言う。
ことは:ああ、要するに平和の祭典がワニの餌食になったみたいなやつね!
真:やめて! お願いだからやめて!
ことは:『100日後に予算オーバーする猫』ね!
真:……不覚にもそんな漫画あったら面白そうとか考えた自分にパンチしたい。
マリア:あとは、今後の可変翼機開発に向けて技術的蓄積を意図したとも言われていますね。
真:それって、あっちに駐機されてる直線的な感じのやつかな?
ことは:それ以上はいけない! 次回以降の記事を待って頂戴。
真:またそれ? じゃあ、アメリカが日本に〔トムキャット〕を売った時みたいに逆輸入させて単価を下げるとかは? 性能はとってもいいんだから。
マリア:興味はあったみたいですが、相変わらず操縦も整備も大変なのがネックになりまして。向こうも向こうでいろいろ大変な事情があって、史実とは大分軍事戦略そのものが変わらざるを得なくなっているらしいので、結局話は流れました。
ことは:繰り返しはギャグの基本よね!
真:国家的プロジェクトをギャグ呼ばわりされたら関係者も浮かばれないんじゃあ……。
マリア:まあ、バブル景気に浮かれて勢いでやっちゃった感は否めないです。制御用のコンピューターは最新型に更新されましたし、何十年も前の枯れた技術ではありますが、やっぱり可変翼が複雑な構造であることは変わらず。失速しやすいリフティングボディの特性も無くなったわけではありません。汎用性に優れた高度な〔スーパートムキャット〕を扱うには、やっぱりスーパーな職人技が必要なようで。
真:何というか、如何にも日本人的な飛行機なんだね。
マリア:ええ、ある意味〔ゼロ戦〕と同じように日本人を象徴する飛行機ですね。斬新なアイデア、工夫と精緻を極めた機体構造、流麗な機体、そして優れた技量を持つ者のみが最大限に発揮できる高性能。外国製にもかかわらず、この機体がこちらの日本で愛される理由が良くわかりますね。
ことは:そう言えばグラマンの技師が「戦闘機を造っていたのに、気が付いたら日本人へのプレゼントを造っていた」なんて冗談交じりに嘆いたなんて小話を父の取引相手から聞いたことがあるわ。
真:ところで、お義兄さんパイロットなんですよね? やっぱりこれで戦いたいのかな?
マリア:いえ、兄さんなら多分……。
隼人:こう言う飛行機は大好きだけど、戦うなら他を選ぶかなあ。実際乗ってみたら違うかもしれないが。
マリア:あ、兄さん。おはようございます。
隼人:お前しれっと挨拶してるが、スパナはもうやめてくれ。
真:スパナって……。
ことは:それで、何で乗りたくないの?
隼人:戦争以外なら喜んで乗るけど、俺みたいなへたくそには玄人向け過ぎる。乱戦になった時失速を気にしながら戦わんといかんし、2倍3倍の敵に突っ込んだ後で着艦するならもっと癖のない機体の方が良いな。疲労で判断力も鈍ってるし、下手すると負傷してる場合もある。
真:ふーん、現場の声はそんなものかぁ。って今2倍3倍とかさらっと言ってたけど!?
隼人:もちろん乗ることになったら全力を尽くすけどな。レシプロの軽戦闘機と違って複座タイプなのは良い。役割分担できるから長距離飛行でも操縦に集中できるし、敵に囲まれても逃げながら助けが呼べる。あと何だかんだで高速性能は裏切らないから、それはありがたい。
ことは:スペックより使い勝手の良さというわけね。
隼人:まあ、実際問題こっちの地球で2倍3倍の敵と乱戦になるなんて考えられないけどな。でもそれはエリドゥに転移するまでだ。もしかした地球並みの文明国があったり、ジェットより速い飛行生物が居たりするかもしれない。
真:結局、最適解なんて無いってことだね。
隼人:そういう事。ところで、これ乗せてはくれないのかな? 俺もあの映画大ファンでさあ。やっぱ背面飛行とかしながら写真撮りたい。ベクタードスラスターなら行けるだろ。
マリア:はいはい、良いんですか兄さん? これだけ見てたら日が暮れますよ。向こうに国産の新型とソ連製のミグ艦戦がありますけど?
隼人:なんだと! よし行こう!
マリア:という訳で私たちはこれで失礼します。兄さんの冒険が読みたい方は『王立空軍物語』をお願いします♪
隼人:おいマリア! こっちに見たことも無いティルトウィング機が!
マリア:ちょっと待ってください! ズルいです兄さん!
◆◆◆◆◆
真:な、何か嵐のようなゲストだったね。
ことは:色々濃い情報も貰えたから良いじゃない。本編で明らかになってない歴史とかも色々聞けたし。それに……。
真:それに?
ことは:飛行機が関わる回は、またあの2人を呼ぶことになるわよ?
真:あー、そうだよねぇ。
ことは:真ももっとキャラ立ちしないとこのコーナーで埋没するわよ?
真:……誰のせいだと思ってる?