また、お会いできて嬉しく思います。筆者の谷利と申します。

 この文章は「王立銃士隊」サイトの中で、メンバーが公開している作品の中の一要素を、歴史的・文化的なアプローチから取り上げてみて、作品の世界観の奥行きを拡げたり、歴史視点から作品に興味をもっていただこう! という試みになります。
 某公共放送の大河ドラマの本編が終わった後に流れる、「○○(作品名)紀行」のようになれば良いな~と考えております。

 なお、作者の方から許可を得ておりますが、アマチュアの歴史好きである筆者個人の緩い歴史考察であり、作者の方からの公式回答ではないことをあらかじめお断りさせていただきます。

 それでは前口上はこれまでとさせていただき、ゆるりと参りましょう。


 今回のテーマは、『イリッシュ大戦車戦・改』に登場するヒロインの出身国「ヴァイマール帝国」です。

 共和制だったはずの「ヴァイマール共和国」が何故、帝政へ移行しているかを勝手に考えていこうという便乗商法その2になります。(笑)
 もし、便乗商法その1が気になる方がいらしましたら『鋼翼の7人』をよろしくおねがいしま〜す。(笑)

 さて、宣伝もすみましたので本題にいってみましょう。(笑)


・出だしから泥縄だった「ヴァイマール共和国」

 時は1918年、アメリカ軍が本格的に参戦する前に眷顧一滴の大攻勢でイギリス軍、フランス軍を撃破し休戦に持ち込もうとした「春季大攻勢(カイザーシュラハト)」が失敗した頃になります。後の歴史を知る私達には不思議に写るかもしれませんが、この大攻勢が失敗してもドイツ軍将兵の多くが「戦争はまだまだ続き、ドイツは戦う事ができる」と考えていたと言われています。これは戦線が膠着した状態が常態化していたためともいわれています。

欧州大戦の戦場

 しかし、内実はかなり異なり「カブラの冬」と呼ばれた飢饉はなんとか乗り越えたものの、主要な小麦生産国のほとんどと戦争をしており、大飢饉は待ったなしの状態です。また、「スペインかぜ」と後世呼ばれる事になる「新型インフルエンザ」も戦場の兵士たちに牙を剥いていました。

 当時の参謀総長「パウル・フォン・ヒンデンブルク」は戦争の継続は不可能であるとしドイツ政府に休戦協定を結ぶよう要請しています。

 しかし、アメリカからの回答は「政治体制の変更がなければ交渉に応じない」という強硬なものでした。

 これにはドイツ側の失敗の積み重ねが影響しているともいわれています。「毒ガス」や「無制限潜水艦作戦」による中立国の船舶攻撃など「戦時国際法違反」やメキシコを「中央同盟」に引き込もうとし、尚かつ、中立を維持していたアメリカを攻撃するよう要請するなどの行いはアメリカの激しい怒りと不信を買っていました。

 しかし、政治体制を移行するにしてもすぐにできるものではありません。交渉に注力していたドイツはついに時間切れを迎えることになります。

 キール軍港で水兵が起こした反乱をきっかけに「ドイツ革命」が発生。怒れる群衆たちがベルリンに集結することになります。怒れる群衆たちを前に「スパルクス団(後のドイツ共産党)」の代表「カール・リープクネヒト」は「社会主義共和国」の樹立をなんの権限もないまま宣言しようと準備していることが判明、「ソ連化」を防ぐために穏健左派の「ドイツ社会民主党」の議員「フィリップ・シャイデマン」が議事堂の窓から「共和国宣言」を何の権限もなく、議会にも政党にも許可なく宣言することで防ぐというグダグダっぷりだったそうです……国が滅びるというのは劇的なんですね(汗)。


・「ヴァイマール共和国」

 出だしこそ泥縄で、その後は先手を打たれて支持者を取られたリープネクヒトら共産党による暴力革命を志向した暴動がありましたが、なんとか鎮圧しています。そして憲法案を文化都市「ヴァイマール」で起草し議会は中道派、穏健左派らの連立政権で船出することになりました。この連立政権による議会体制を「ヴァイマール体制」と呼ぶことになり、憲法と合わせて「ヴァイマール共和国」の語源となります。

 「ヴァイマール憲法」は現在ほとんどの国の憲法で採用されている「国民主権」、「基本的人権の尊重」、「男女平等」や「州政府による高度な自治」など憲法史を近代から現代へと転換させる契機となったと評価されています。

 また、「第一次世界大戦」の復興を第一に掲げたヴァイマール体制はインフラ整備や教育に重点をおいた予算編成を行います。インフラの早期復興は海外、特にアメリカからの投資を呼び込むことにつながり、ドイツはイギリスやフランスよりも早くに戦前の給与水準まで回復するという奇跡を演じることになります。

 その好影響もあり文化面では元々強かった「音楽」や「演劇」に加え「映画」が発展し、建築などでも著名な人物が出るなどドイツは文化面でも復興を遂げることになります……が、ご存知のとおり「世界大恐慌」を契機に「ヴァイマール共和国」は崩壊に向かうことになります。


・「ヴァイマール帝国」

それでは、『王立空軍』に登場する「ヴァイマール帝国」とはどのような国なのかを考察してみましょう。
ヴァイマール共和国崩壊の大きな要因といわれているのが、

  1. 保守派、富裕層から正統な政権と認められなかった。
  2. フライコールによるテロ事件と騒乱事件の頻発。
  3. 「ヴェルサイユ条約」による天文学的な賠償金問題。
  4. ソ連の接近により左派政党の先鋭化。
  5. 比例代表制による少数政党の乱立による議会の不安定。

 などがあげられるそうです。これらの要素をある程度クリアし帝政に移行する……。ウ〜ン難し〜い。(笑)


○保守派や富裕層が支持しない問題

 保守派の人物の多くは「ドイツはまだまだ戦えたのにドイツ革命によって負けさせられた」という考えをしていました。そのためヴァイマール共和国を暫定政権とみなし帝政への復帰か、新たな帝政を求めています。これが「第三帝国論」と呼ばれる主張へと発展していくことになります。

ドイツ敗北を「背後からの一突き」とする戯画

 また富裕層はインフラ整備に注力するヴァイマール共和国を批難し再軍備や領土奪還、オーストリアとの合併を求めるようになります。

 当初は「シャイデマンの共和国宣言」が変われば多くの事がクリアできるのでは? と、考えました。彼の所属政党「ドイツ社会民主党」は「立憲君主制」による新生ドイツを志向していたといわれており、同じくヴァイマール体制を組むキリスト教カトリック系の中道派「中央党」も「君主制」を求めていたため与党として支えてくれるのではないか?と、考えました。

 勿論、アメリカが文句を言うでしょうから「ヴィルヘルム2世」の出身である「ホーエンツォレルン家」とは別の王家を迎える事で「王朝交代」による政治体制の変更をする必要があると思われます。

 しかし、はぎわらさんによると「アドルフ・ヒトラー」が史実よりも穏健な形で宰相をしているとの事でした。ヴァイマール共和国のドタバタがないとヒトラーは中央政界に出て来れませんからこの案は駄目そうです…。
 しかし、「ソ連の接近による左派政党の先鋭化」がなければ穏健左派も君主制を容認するのは意外でした。


○フライコールによるテロ・騒乱事件の頻発

 ドイツ共産党による暴力革命や反乱に対して軍備の制限をかけられていたヴァイマール政府が取った手段が退役ドイツ軍人に武器を持たせた準軍事組織「フライコール(ドイツ義勇軍)」でした。「ナポレオン戦争」でドイツを護るため立ち上がった人々と同じ名前を冠していますが、中身は全くの別物で各政党が共産党から守るためと称して退役軍人を雇い入れて、私設軍隊として運用し始めてしまいます。「武装親衛隊」や 「鉄兜団」などはこうして誕生し敵対的な政党や支持者まで攻撃していくことになります。……どこのモヒカン軍団でしょうか。(汗)

 当然、治安は悪化し海外からの投資が引き上げられる要因になります。また市民からもフライコールを取り締まる事ができない政府に失望していくことになります。

 ……。これも難しい問題ですよね。復員するも民間に居場所がなく再び荒事の世界に飛び込んだ彼らの多くは「反共産主義」を標榜していますが、同時に「反共和国」でもあり、共和国の軍隊を毛嫌いしているため軍への再入隊も多くが嫌がっています。支持できる君主を据えないと穏便な解決は出来なくなりそうです。


○ヴェルサイユ条約による天文学的な賠償金問題

 国民所得の2.5倍の1320億マルクという本当にとんでもない賠償金を課せられたドイツ。これが「第二次世界大戦」への導火線になると警告していた経済学者「ジョン・メイナード・ケインズ」の声は届きませんでした。

「ケインズ経済学」を生み出したジョン・メイナード・ケインズ

 それくらい第一次世界大戦の激戦と戦時国債は戦勝国にもダメージを与えていたのです。

 さて、史実よりも条件が悪くなっていそうなのがこの問題です。『王立空軍』の世界では日本は欧州戦線に参加しておりライズ世界の義勇兵も率いていたようです。アメリカはイギリスやフランスの戦時国債を引き受けていますから余裕があまりないかもしれません。もしかしたら日本の戦時国債はライズ世界の富裕層も引き受けていたのかもしれませんね。つまり、賠償金をとらないと日本だけでなく異世界にまで経済的な混乱が波及してしまいます。

 また、史実では賠償金請求を破棄したソ連も異なる動きをすると考えます。史実でドイツに対して賠償金請求を破棄していますが、その理由は帝政ロシアの債権に対する請求権を破棄する見返りでした。そこからドイツとソ連の接近が始まる事になるのですが…、『王立空軍』の世界ですと「ロマノフ家」はシベリアへの脱出に成功し「東ロシア帝国」を建国しているのだとか…。つまりソ連は賠償金を堂々と請求できると考えられます。

 これらを考慮してなんとか考察をしてみましょう〜(泣)


 賠償金は史実よりも多く請求されていることからドイツの支払い能力では早晩ショートすることが目に見えています。

 ここで問題となるのが「賠償金の支払いが滞る場合、ドイツ全土の占領が認められる」というヴェルサイユ条約の条文です。史実でベルギーやフランスがルール地方を占拠していますが条約に則った行為なんですね。

 ドイツ人は当然認められませんし、ライバルであるフランスや「社会主義革命の輸出」を標榜するソ連がドイツを占領して力を増大させるのをイギリスは喜べません。
 ソ連の「社会主義革命の輸出」に警戒感を露わにしている国家には日本もいます。ドイツの工業地帯を手中に収め、シベリア鉄道でガンガン兵器や軍隊が運ばれてくるのは正に悪夢です。
 イタリアも他人事ではいられません。目標とする未回収のイタリアが真っ赤になってしまったら…帝政ロシア時代のように南下政策の切っ先がドイツを根拠地としてイベリア半島を向いてしまったら…。
 このため史実よりもはやく「対独救済」で「日・英・独・伊」は手を結ぶ事にした‥のかもしれませんね。
 また日本が持っていた「異世界貿易」のカードを得たドイツは新しい市場を提示する事で富裕層に対しての取り込みをかけていく事にしたのかもしれません。

 対して賠償金の減額は自国の債権支払いがショートするため強硬に反対するフランス、国内の経済が加熱気味であるからこそ欧州市場の利権を手放したくないアメリカ、世界革命に向けて橋頭堡を築きたいソ連が纏まっていく事になり、異世界貿易を巡る対立へと発展したのかもしれません。


 さて帝政についてですが、ヴァイマール共和国二代大統領の「ヒンデンブルク」はバリバリの帝政派でした。国際協調路線でドイツの信用回復を図った一期目の後、二期目に「国民投票」を実施し「立憲君主制」による王政復活を実現させることに成功したのではないでしょうか?

 「ソ連接近による左派の先鋭化」もソ連が多額の賠償金を要求してくれば好意的な感情は起こりにくいはずで、兵器開発や演習場のレンタルなどは東ロシアとしているのかもしれませんね。

共和国大統領、パウル・フォン・ヒンデンブルク

 また、史実のヒンデンブルクはフライコールの解体にも取り込んでいましたから王室を戴いた事で共和国軍改め国防軍へと改組した軍に復帰を希望する者は迎い入れ、拒否する者には強い態度で臨んだのかもしれません。中にはライズの協力的な非政府組織に教官団(非公認)として派遣という荒業もしているのかもしれません。

 なんとかなりましたかね〜?泥縄的な考察で申し訳ありません。

 今回もお付き合いいただきありがとうございました。



ことは:『王立空軍物語』シリーズは現在下記のサイトで公開中よ。記事で興味を持ってくれた方も是非遊びに来て頂戴♪


『王立空軍物語』

 乱世の異世界ライズ。人々は門でつながった地球から武器や義勇兵を買い込み、泥沼の世界大戦に興じていた。たまたま北の孤島に立ち寄った7人のパイロットはこの島が敵の大艦隊に狙われている事を知り、島民を守るため決死の抵抗を決意する。

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イリッシュ大戦車戦・改 ~王立空軍物語外伝~

 『王立空軍物語』の2年半前の物語。内戦で2つに割れるクロア公国を救うべく、1人の将軍が抜擢される。彼はドイツ陸軍を放逐された毒舌の参謀長を迎え、米国より派遣されてきた歴戦の将軍、ジョージ・パットンを迎え撃つ。

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