”恩知らずの我が祖国よ、お前は我が骨を持つことはないだろう”
(スキピオ・アフリカヌスが墓石に刻ませた言葉)

 降臨暦942年(西暦1942年)9月12日。
 鋼鉄の奔流は、満ち潮の様にじわじわと、膨大な鉄量をもって押し寄せてきた。1ヶ月の停戦は破られたのだ。
 くろがねの身体を支えるキャタピラは、農民たちが人生を捧げて耕した畑を踏み荒らしながら、前へ前へと回転した。

隠蔽された陣地で身を潜めている大公派の砲兵たちは、死と肉片をまき散らしながら迫る化け物、戦車を前に息を飲んだ。

(今日はやけに多いな、帝国派の奴ら、また補充を受けたのか?)

 こちらももう慣れたもので、士官の目配せで装填手が手早く砲弾を薬室に押し込むと、ゆっくりと狙いを付ける。
 十分に引き付けた後、12門の〔90式野砲〕が火を噴いた。この砲は元々対戦車用に造られた訳では無かったが、貫通力がそれなりにあるのでこの「クロア公国」でも早々に流用が決まった。
 帝国派陣営が使用する軽戦車ならば、長距離から撃破出来る筈だった。
 だが、今回は勝手が違う。砲弾12発のうち、10発が何もない平野で土煙を巻き上げ、命中した2発もカーンと言う間抜けな音を立てて弾き飛ばされた。

(遠すぎる!?)

 戦闘を指揮していた士官は、その事実に気付いた。
 停戦前と同じように撃って遠すぎたと言う事は、敵はいつもより大きい・・・・・・・・のである。
 士官は次弾装填を命じると、発砲を待つよう伝えた。
 息を殺すうち、今までと違う巨体と、ぶっとくて長い主砲が目に入った。
 ソビエト連邦製中戦車〔T34〕、アメリカ合衆国製中戦車〔M4シャーマン〕。今まで少数だけ運用されていた為、集中攻撃や弱点である側面を突く事で何とか撃破していた新鋭戦車が、数十両単位で押し寄せてくる現実に、士官は生唾を飲み込んだ。

 我慢できなくなった砲手が発砲を行い、場所を露呈してしまう。敵戦車が発砲し、榴弾を受けた陣地は吹き飛ばされる。
 良く映画などで、指揮官が「引き付けて撃て」と命じるが、「引き付ける」と言う表現は実は適当ではない。
 兵器は適正な交戦距離で使用しないと意味がない為、射程外から慌てて発砲するのはタブーだ。しかし戦闘の恐怖を忘れる為、無我夢中で射程外で引鉄を引いてしまい、戦友たちを窮地に追い込む事は割とよくある。
 その為の「引き付ける」である。「待て」だと、ただ恐怖に耐えねばならないが「引き付ける」と言う表現には「我慢すれば状況が有利になる」と言うニュアンスが含まれる。だから指揮官は「引き付けろ」と言う言葉を多用する。
だが、今回は指揮官が冷静さを欠いた事、対新型戦車の戦訓が少なかった事で対応を誤った。
敵を近距離まで「引き付け」過ぎ、戦車2両と引き換えに4門もの砲が撃破された。
敵が通り過ぎた方向を睨みつけると、士官は無線機に怒鳴りつけた。

「敵戦車は新型の〔T34〕と〔シャーマン〕が多数! 陣地を突破し進撃中!」

 現在大公派が取っている戦術は、防御陣地にわざと手薄な点を作って敵戦車を突破させ引きずり込み、待ち構えていた戦車が側面から攻撃を掛けると言う機動防御戦術である。しかし、大公派の旧式戦車であの化け物を本当に撃退できるのだろうか?
 敵戦車が向った自陣営から、鳴り響く砲声を聞きながら、兵士たちはめいめいの神に祈りを捧げる。
 このクロア内戦で、大公派を支援している条約国陣営は多神教の寄り合い所帯なので、こういった時は面倒だ。「常識に反する」と思って止めさせたちょっとした行為が、実は宗教上大事な儀式で恨みを買う、と言うのは各国の義勇軍を受け入れてから頻発している。
 士官も、自身の信仰する賢者マルキアに黙とうする。


 攻撃命令を受け取った金髪の戦車指揮官は、砲塔に据え付けられた指揮官用の腰掛で「現在故障により移動不能」と告げて一方的に交信を打ち切った。

「隊長! また・・ですか!?」
「そう、またよ」

 部下の抗議もどこ吹く風で、癖っ毛に絡みついた火薬の屑を払った。

「正面から立ち向かって勝てる相手じゃないわ。いい様にやられてどのみち味方は蹂躙される。それなら、ここはやり過ごして後で通行料を頂いた方がお得じゃない?」

 偵察に出した随伴歩兵から、デカい戦車が眼前を通過中と連絡が入る。
 彼女・・は、形の良い唇をにやりと釣り上げた。
 砲塔内は男の兵隊と息が触れる程近くに押し込まれ、怒声が飛び交う環境だが、もう慣れたものだし、彼女に不埒な行為を働けばどうなるかは知れ渡っている。

「敵戦車は2タイプで速度差がある。通り過ぎるのを待って遅い方に食らいつくわ。背後からならこちらの主砲でも通用する」「それって、結果が出せなきゃ処罰ですよね?」

 諦めを含んだ、しかし確かな敬意を込めた視線が彼女に集まる。 美貌の戦車指揮官は、青い瞳で挑発する様に彼らを一人一人見回し、答えた。

「ええ、いつも通り・・・・・にね。でも、今まで私達がしくじった事があったかしら?」
「異議なし! ここは静観致します!」

 彼女は「よろしい」と応え、「全車、タイミングを見て発進するわ。今日は大物よ!」と無線機に呼びかける。
 12人の戦車長から、「了解ヤー!」と、弾んだ声の返信が届く。彼らの舌なめずりする顔が浮かぶようで、愉快痛快である。

「では、狩りの時間を始めましょう」

 不敵に笑う女性指揮官の名はヴェロニカ・フォン・タンネンベルク少佐。後に「戦車戦の女神」と呼ばれる存在になるなど、本人は愚か、この国の誰もが予想すらしていなかった。

 この日の戦闘は、被害を出しながらも敵戦車の撃退に成功したが、この日を境に大公派の出血量は増加の傾向を迎えていた。
 竜神に愛された世界ライズ。その片隅で始まった内戦は、多くの不幸と熱狂の中で、争いの炎を燃え滾らせていた。