それは10月27日、18時26分の事だと伝えられている。

 後方の兵站拠点では、集積した物資を前線部隊に送り込むべく、急ピッチで積み込み作業が行われていた。
 航空機の飛び交う昼間より、夜間の方が輸送輜重部隊の行動は制約を受けにくい。その為、戦闘がひと段落する夜間に消耗した物資を送り届け、翌日の戦闘に備える方針だった。
 徹夜仕事だが、過酷な前線を思えば何のことは無い。そんな意識を、1本の電文が吹き飛ばした。
 西部の山林地帯を警戒していた歩兵部隊を、帝国派と思われる戦車部隊が突破、戦場の後方にすり抜けたと言うのである。
 積み込みは中止され、兵士たちはなけなしの対戦車装備を引っ張り出すように命じられる。だが、所詮は後方の二線級部隊、装備も人員も足りない為、増援を依頼する。
 キャタピラが巻き起こす土煙を見付けた歩哨が、半ばパニック状態で報告してきたのはその時だった。

「これは、自殺攻撃じゃない!?」

 報告を受けたヴェロニカは青ざめる。西部ルートでの迂回攻撃は彼女も一応予測しており、街道に蓋をする形で戦力を置いていた。
 彼女が想定していたのは、このルートでコマンド部隊を潜入させ、攪乱を行った後、海上へ脱出し、潜水艦か飛空艇で回収と言う作戦だった。これなら二線級部隊を配置しておけば防げる。
 しかし、報告にあったのは、歩兵が護衛する2個中隊規模の戦車部隊(およそ34両)だ。
 歩兵を合わせれば、人員としては200名は軽く超えるだろう。そんな人数を移動させれば、どうしても足がつく。海上に逃れるボートは車両で輸送できるが、海上でこれらのボートを収容するのに手間がかかりすぎ、自殺行為としか思えない。飛空艇なら可能だが、〔ペトルス〕が警戒を行っている中で回収を行えば、補足されて夜間戦闘機の的である。 戦車はまだゾンム本国から運び込めば良いが、人手不足の帝国派にとって人員の使い捨ては最悪手だ。まさか、人間の命が高価な米国の将軍が、このような必死行を決断するとは。

「……馬鹿は私の方ね。」

 自嘲気味に独り言ちた彼女は、偵察機や連絡機、果てはワイバーンまで、ありったけの航空戦力を駆りだして捜索を命じ、予備戦力から抽出した戦車に追跡させるように指示を出した。

イリッシュ戦場図

 しかし、パットンは更に上を行っていた。夜陰に紛れて後方拠点を荒らしまわった戦車部隊は、払暁近くにぴたりと足取りが消えた。
 翌朝、後方から引っ張り出されてきた〔シュトルヒ〕連絡機が見付けたのは、遺棄されて放置された大量の旧式戦車だった。
 駆け付けた部隊が見たのは、砲身とエンジンを破壊されて動けなくなった戦車と「親愛なるスキピオ将軍へ。ザマの意趣返しは確かにさせて頂いた。ジョージ・”ハンニバル”・パットンより」と言う捨て台詞の落書きだった。
 この話を聞いたヴェロニカは、文字通り歯ぎしりして悔しがったと言う。



 以下は、報道で発表された顛末である。
 パットンは大公派の動きを警戒し、万一正面決戦で敗れた場合の方策として、西部の山林地帯を突破し補給網を攪乱、部隊を立て直す時間を稼ぐ方策を打ち出した。
 彼は指揮は自分が執ると主張したそうだが、周囲が慌てて止めたと言う逸話が挿入されている。
 投入された戦力は、旧式の〔M3〕中戦車、〔BT〕快速戦車と、それらを改造した歩兵運搬車両である。
 彼らは、大公派の拠点を散々荒らしまわり、夜明け前に海岸線に脱出した。
 出迎えに来たのは、巨大なゴンドラを4騎一組でぶら下げた、ワイバーンであった。
 ワイバーンは、地球人が飛行機を持ち込むまでライズの戦争や物流の主力であったが、「余りに鈍足」「大飯食らい」「積載量が貧弱」と言う弱点から前線からは姿を消していた。
 現在では、単距離離着陸が可能な特性を生かし、短距離連絡用や、海上警戒、遠隔地や飛行場が建設できない場所での物流に重宝されている。
 パットンは、「生物であるワイバーンは航空機よりレーダーに映りにくい」と言う特性に目を付け、低空飛行で海岸まで乗り付け、兵士たちを脱出させたのである。 そして、降りてくるゴンドラに乗り込もうとした彼らを、仁王立ちのパットンが出迎えたと言う。

「勇者諸君! 君達はライズの歴史に名を残した!」

 パットンは開口一番、そう言って彼らを称えたと言う。
 彼ほど無能な者や臆病者に辛辣な指揮官は居ないが、有能な者や勇敢な者へ賞賛を惜しまない指揮官も居なかった。
 ゴンドラを吊るしたワイバーンは、海上に逃れると飛空艇に回収され、悠々と引き上げていった。 尚、落書きについては迎えを待つ兵士たちが、思い付きで書き込んだと言う。 後でその事実を知ったパットンは、少しだけ眉を顰め「まあ、大目に見るさ」と苦笑したと言う。

 戦車隊が後方を散々荒らしまわった結果、一時的に補給体制が停滞し、再建する間に帝国派はルスドア市に撤退、防備を固めていた。 このせいでルスドア攻略は現実的ではなくなっていた。
 こうして、双方で1600両以上の戦車が投入された決戦は、戦術的には大公派の大勝利、戦略的でも貴重な時間を稼いだことで判定勝利言う結果に終わった。

 ただし、戦車部隊による迂回攻撃は、大公派全軍に「パットン恐るべし」の恐怖を刻み込んだ。彼らは、自分が勝者だとは微塵も感じていなかった。