空軍司令部に〔ペトルス〕の派遣を認めさせた時、伝令兵が息を切らせて報告にやってくる。

「司令より伝令! 『消火活動むなしく火は弱まる気配なし! 火勢が強く消火剤のタンクに近付けず! 司令室に火が回る前に避難されたし!』」

 ヴェロニカは唇を噛む。 避難すると言う事は司令部からの通信がその間途絶えると言う事だ。そんな隙を見せれば、ルスドア市への侵攻どころか、敵に付け入る隙を与える事になる。
 整備兵が弄っていた修理中の無線機が、ノイズ交じりに受信した。

『自分は64戦隊所属のダバート王国義勇兵、南部隼人少尉です! あの火事は新型のナパーム弾によるものです! 水をかけても消せません。消火用の水に衣類用の洗剤を混ぜてください! 効果がある筈です』

 どうやら、上空を警戒する〔隼〕からの通信らしい。 あまりに荒唐無稽な話に、受信機を取り上げた士官は「貴官は何を言っているのだ?」と眉間にしわを寄せた。

『信じてください! あれはガソリンをゼリー状に加工して高熱で燃焼できるようにしたものです! 水との親和性が低いから水では消えない! 界面活性剤を混ぜて水との親和性を上げてやれば消せるんです!』

 そこまで聞いて、ヴェロニカは「あり得るかも知れない」と思い始める。
 戦車指揮官はある程度技術屋の領域に踏み込まなければやって行けない。機械を相手にするからだ。
 士官学校時代に散々読んだ技術書に、そんな様な記述があった。
 士官を席からどけて、いつもの調子で座り込む。

「何故貴方がその情報を持っているの?」

『……言えませんので信じて頂くしかありません。試してみて効果が無ければ、自分を銃殺してください!』

 そう言い切る南部少尉に、少しだけ興味が湧く。
 だが、同時にそれだけの言葉で信じて良いもの迷う。
 現在生活物資の倉庫は無事だが、大量の消化水に混ぜるにはそれなりの洗剤が必要だろう。司令室の避難に猫の手も借りたい状況で、それだけの人を動かすのは賭けだった。

「今現場は大混乱よ。今人手を割いて状況を更に悪化させる。私の”大切なもの”を掛けるのだから、貴方の命では足りない。部下や周囲の人間も連座する事になるわ」

 そのつもりは無かったが、自分の決断を促すために、彼の覚悟を見たいと思ったのだ。南部少尉は無線の向こうで一瞬沈黙する。 沈黙を破ったのは、彼の僚機から入った通信だった。

『同じく64戦のマヤ・サヴェートニク曹長です。その件承りました。うちの隊長がやらしたら、私も連座させていただきます』

 隼人機から『お前……!』と息を飲む声が受信する。

『下手くそな士官の尻ぬぐいは、我々下士官の仕事なので』

 先程の見事な戦いぶりを見る限り、とても南部少尉が「下手くそ」であるとは思えないが、いったいこの2人はどんな関係だろうと疑問を抱く。
 だが、不思議とこの2人に賭けてみようと思えた。

「消火作業中のアッパティーニ司令にこの事を伝えなさい! 私が責任を取るわ!」

 伝令兵が弾かれたように駆けだしてゆく。
 息を飲んで見守っていた司令室のスタッフも「避難はしない」との方針に、腹を決めたのか、それぞれの役目を再開する。

『ありがとうございます。参謀さん・・。貴方”も”頑張って下さい』

「え?」

『女の勘です。それでは任務に戻りますので』

 それだけ告げると、マヤ曹長からの通信は切れる。 上空で挨拶代わりに翼を振る2機の〔隼〕を見て、「日本軍の兵隊は、尊敬する下士官をさん付けで呼ぶ」と言う習慣を思い出した。悪くない。

 暫くして、先ほどの伝令兵が、今度は喜色を浮かべて報告する。

「洗剤を混ぜた水で火が弱まりました!」

 ライズでは、ドイツ式の合成洗剤が普及していて、クロア陸軍もこれを採用している。もしこれが天然素材の洗剤なら、海面活性効果は得られず、消火には使えなかった。
 何故一介のパイロットである南部少尉がそれを知っているかは分からないが、首の皮一枚で繋がった事は確かだ。
 散発的に防空網を散発的に突破してくる敵機も、上空の〔隼〕が追い散らしてくれている。これなら再度の攻勢も可能かも知れない。皆がそう思い始めた時、更なる悪い知らせが転がり込んできた。




※隼人とマヤの活躍は、近日公開予定の「王立空軍物語」本編をご覧ください。

※日本の兵隊がさん付けで呼ぶのは、下士官は下士官でも最上位の准尉だったりします。別名の「特務曹長」を縮めて「特さん」と呼んでいました。
 ちなみに、嫌いな准尉は「特公」と呼んでいました。嫌いな先生を「先公」と呼ぶような感じです。
 超ベテランの准尉たちは、兵隊が自分をさん付けで噂しているのを聞くと、ほっとしたりニンマリしたりしていた事でしょう。