アルフォンソが戦果拡大の為に追撃を命じようとした時、爆発音と共に司令部の電力が一斉に停止した。

「何事か!?」

 ヴェロニカに命じられて有線電話を取った士官が「繋がりません!」と叫ぶ。別の士官が様子を見るべく司令室の扉を開けた時、駆け込んできた警備隊員が報告を行う。

「送電線が爆破されました! 予備電源も駄目です!」

 ヴェロニカは冷や汗を流した。前線司令部の発電機は、破壊工作に備えて二重化されていたものの、破壊工作を防ぐ為に送電線を地下化する工事は人手不足で先送りされていた。つまり、内情が漏れている。
 野戦用の無線電話はバッテリー式なので当面の指揮は問題ない。だが、レーダーはそうはいかない。つまり、現在の司令部は航空攻撃に対して丸裸である。
 ヴェロニカが、警備隊員を基地の外周に配置して対空監視をさせるように命じた。参謀の1人が指揮所の窓から旋回する防空戦闘機を頼りなさそうに見上げた。戦闘機は前線での〔シュツルモビク〕対策に忙殺されて明らかに数が少ない。



 復旧が急がれる中、憲兵が捕えてきた工作員は、警備部隊の中尉だった。勤務評価はそこそこだと言う。血走った瞳でアルフォンソに呪詛の声を上げ、意思疎通もままならないそうだ。 憲兵が辛抱強く聞き取った話によると、彼はロッソ家の家令の息子で、代替わりしたファビオに父が失脚させられ、それがアルフォンソの陰謀だと主張していると言う。アルフォンソはその話に記憶はあるが、不幸な行き違いによるものだと聞いている。勿論彼は何ら関与していない。 おそらく悪名高いゾンム諜報部に何か吹き込まれたのだろう。「また私の邪魔をするの!?」とヴェロニカが呻くように呟き、アルフォンソは僅かに眉を顰めた。

「ヴェロニカ中佐……」

 アルフォンソが何か言おうとした時、無線機に取り付いていた参謀が怒りの声を上げた。
 どうやら、交代が来ていないのに、上空の戦闘機が引き上げると言うのだ。窓を覗くと、対空監視の歩兵たちが、去ってゆく戦闘機隊を不安げに見つめていた。

「空軍司令部に繋ぎなさい!」

 ヴェロニカが立ち上がった時、破綻は訪れた。 レーダーが動かない隙を突いて侵入してきた2機の〔ライトニング〕戦闘機が、前線司令部上空で搭載していた兵器を「投弾」した。
 この〔ライトニング〕の塗料には、炭素粉が混入されており、限定的ながらレーダーを吸収する効果があった。つまり最初期のステルスである。ドイツ軍も新型爆撃機の塗装に研究していたが、米国は試作レベルながら、それに先んじて実戦投入を行ったのだった。
 殆どが対地攻撃用の集束爆弾だったが、増設用の燃料タンクまで投下した。それは司令部上空で2つに割れて、中のガソリンをまき散す。ただし、それはただのガソリンでは無かった。大気に触れただけで激しく燃え上がり、着弾した陣地は炎に包まれた。

 〔ライトニング〕から攻撃成功の報告を受け取ったパットンは「本当にぶっつけで大丈夫なのか?」と念を押した。

「実験では問題ありませんでした。通常の爆弾は直撃しない限り防御陣地に通じませんが、ゼリー状にしたガソリンを燃焼させてばらまけば、直接火傷を負わなくても、酸素が消費されて付近の人間は窒息死します。残念ながらロケット弾への搭載は間に合わなかったので、ドロップタンクを改造したそうですが」

 参謀の言う兵器は、後に「ナパーム弾」の名で猛威を振るうことになる悪魔の兵器だった。

「そんなやばいもの、何処で造ったんだ?」

 首をかしげるパットンに、「ゾンム空軍が密かに開発していたものだそうで」と参謀は何とも歯切れが悪い。
 ゾンム帝国は、機械工学や航空工学こそライズ最先端だが、化学分野はそれほど先進性を持たない。米軍に先んじてこのような兵器を造り出した事実に違和感を感じた。

(……本当に転生者とやらが助言してるんじゃないだろうな)

 その疑問の答えてくれる者は、何処にもいなかった。



 前線司令部は、半地下式のコンクリート壁を持つが、所詮は戦時急造の即席防御施設であり、防空用のレーダーも出力の弱い車載式の物をトレーラーに積んで横付けしているに過ぎない。
 ナパームによる火事こそ免れたが、コンクリート屋根の隙間から視界確保の為に空けられた窓から、付近で炸裂した爆弾の破片が飛び込んできたとき、ヴェロニカは無線で航空支援の穴を即座に埋めるよう、空軍に抗議と要請を行っていた。 彼女は苛立っていたが、この件について空軍を責めるのは酷である事も理解していた。
 綿密な空地連携を行うには、構築したばかりの情報システムは未熟すぎたし、戦闘機隊は機甲部隊上空に侵入を試みる|対戦車攻撃機《シュツルモビク》の対応に忙殺されていた。
 それでも司令部上空に直掩機が居ない状況は、地上戦の勝利を覆しかねないリスクだ。担当の参謀を怒鳴りつけていた事で、直ぐ近くで起きた爆音への対応が遅れた。
 真横から衝撃を受けて、視界が暗転する。



 気が付いた時、血だまりの中に居る自分とそれに覆いかぶさるアルフォンソに気付き、小さな悲鳴を上げた。
 背中に金属片がいくつも突き立てられていた。震える声で衛生兵を呼ぶが、パニック状態で対応できる者が居ない。 2人に駆け寄ろうとした参謀が、甲高い銃声が響いて頭を抱えて伏せた。
 上空の〔ライトニング〕が、防御砲火が貧弱なのを見て、調子に乗って機銃掃射を仕掛けて来たようだ。
 対空兵器は混乱の中で闇雲に弾薬を消費するばかり。
 その時、炎と銃撃から逃れ、防空壕から上空を睨みつけていた兵士たちが歓声を上げた。空軍機がようやく駆けつけてきたのだ。
 〔一式戦闘機隼〕、日本製の軽戦闘機で、同盟国ダバートで大量生産されクロアに供与されたものだ。
 カラーリングこそクロア空軍のものだが、機体にペイントされた矢印のマークは歴戦の部隊であり、赫赫たる戦果を上げている「飛行第64戦隊」のものだ。

 2機の〔隼〕は〔ライトニング〕が地上攻撃に集中している隙をついて上空警戒に当たる1機を隊長機が追い立て、僚機が狙い撃つ形で墜とし、地上攻撃を中止して上昇してきたもう1機を上からエンジンを撃ち抜いて排除した。見事に息の合った連携だった。



「状況は……どうした?」

 呻くように確認を取るアルフォンソの声に、ヴェロニカは初めて彼が生きていると知った。

「敵機は空軍機が排除しました」

 報告する参謀に答えず、消え入りそうな声で「これは、指揮官失格だね」と自嘲する。
 指揮官でありながら負傷した事を言っているのか、指揮系統維持の為に自己の安全を第一にする義務を果たず、ヴェロニカを庇った事を言っているのか、混乱する頭では判別がつかなかった。
 ようやくやって来た軍医が止血を始める。「魔法医は?」と尋ねるアルフォンソに、軍医は首を振って「行方不明です」とだけ答える。
 つまり、すぐ傷を塞ぐのは困難だと言う事だ。もっとも、魔法治療は行う側も受ける側も非常に体力を消耗するので、魔法医がここに居たとしてもどの道戦線復帰は怪しい。

「報告します!」

 ぼろぼろの軍服を着た警備隊の士官が駆けこんできて左手で・・・敬礼する。右手に視線を向けると、火傷のせいで肩の皮が肘から垂れ下がっていた。

「消火設備がやられ、水をかけても火が消えません! このままだと通信設備に火が回ります! 指揮官のカスト少佐以下士官の殆どは行方不明です!」

 ヴェロニカは息を飲んだ。通信アンテナが使えなくなれば、前線とのやり取りに大きな制約を受ける。パットンなら必ずそこを突いてくる。しかも消化を行う人材も手段も無いのだ。
 誰かの生唾を飲む音が鮮明に聞こえた。