〔ポルシェ・タイガー〕の側面に回り込もうとしていた〔シャーマン〕戦車が突然に火を噴いた。

「新手だ!」

 地面から這い出してきた、否、巧妙に隠蔽された塹壕から姿を現れた〔チハ改〕及び〔M13/40〕戦車との距離は50mを切っていた。この距離では砲の威力は関係ない。当たれば即火を噴くノーガードでの殴り合いだ。いや、的が小さく反動の少ない、日伊の戦車の方が戦いやすいとさえ言えた。

「航空偵察は行った筈だ! 奴らいつの間にこんな大量の壕を!?」

 ヴェロニカがアルフォンソに無心したのは、各地に分散配置されている土系の魔導工兵の一時的な集中投入であった。魔導工兵は数分で陣地を構築できるが、「甲級魔術師」と呼ばれるエリートを除き、通常の魔導工兵は戦車2両分の壕を掘るだけで疲れてしまう。それを数の力で押し切ってしまえと言う訳だ。大公派は120名以上の貴重な魔導工兵をかき集め、僅か30分で戦車部隊を隠してしまった。

 一見誰でも思いつきそうな戦術だが、魔導工兵は戦場で最も頼られる存在であり、それを引き抜く事への反発はとてつもなく大きい。
 単純な話、今まで魔法を使い数分足らずで掘っていた隠蔽壕を、明日から人の手で掘れと兵士たちに命じねばならない指揮官の気持ちを考えれば、当然の反発と言える。魔導工兵の集中投入は、誰もが一度は考える検討するが、すぐに無理だと放棄する類の戦術だった。
 ではどうしたかと言うと、アルフォンソと彼が選抜した交渉役が、現場指揮官達を尋ねて粘り強く頭を下げて回ったのだ。
 ヴェロニカも、彼が司令官だからこそ立てられた力業の作戦と言える。
  代償は、交渉役の疲労困憊と、ご機嫌取りに大伴振舞い嗜好品の在庫が逼迫した事だったが。



 入り乱れての乱戦になった事を確認すると、〔95式軽戦車〕や〔フィアット3000〕〔Ⅱ号戦車〕と言った軽戦車ぞろぞろと姿を現す。攻撃力は貧弱なこれらの戦車も、乱戦に乗じて肉薄し、足回りを狙い撃つなら脅威となる。露出の少ないキャタピラを狙い撃つのは至難の業で、実際にキャタピラを損傷して立ち往生する戦車は多くなかったが、「狙われている」と言う意識が、戦車兵達の集中を散漫にした。

「俺達の信仰を奪おうとする異教徒どもに神罰をくれてやる! 鍛冶神ユニの加護ぞある!」

 神の名前を叫びながら突撃を行うブリディス都市同盟の義勇兵達は更に過激だった。
 大砲を持たない〔Ⅱ号戦車〕の武装では、たとえキャタピラでも破壊は困難である為、手近な戦車に横合いから体当たりをかけたのだ。車体の先端には指向性爆薬を固定したアームが取りつけられている。

 彼らは多大な犠牲を出しながらも帝国派の戦車を物言わぬオブジェにしてゆく。爆薬には戦車を破壊する威力は無いが、モンロー効果で装甲を突き破る事は出来る。灼熱の爆風が車内に吹き込み、乗員を殺傷する。
 イタリアの豆戦車達も後に続いて突撃していった。

 圧倒的な性能差を持ちながら、撃破される戦車は明らかに帝国派が多い。乱戦になった状況では、戦車のスペックや戦術ではなく、戦車兵の技量差が物を言う。大公派戦車兵は対戦車戦闘を編み出したドイツ士官と、人殺しと呼ばれるほど猛訓練には定評がある日本下士官がついている。
 この点においての未熟さを取り戻すには、パットンをもってしても時間が無さ過ぎた。しかも、〔T34〕はスペックこそ高いが、操作性や小回りの利きと言った点でめっぽう弱い。

 一部の戦車は戦場を離脱し、距離を取って戦線を立て直そうとする。
 展望塔キューポラから顔出して周囲を警戒しようとした迂闊な車長が、脳髄を撃ち抜かれて車内に転がり落ちる。

「歩兵が潜んでるぞ!」

 指揮官が絶叫するが手遅れだった。蛸壺陣地で待ち構えていた歩兵たちが、身を乗り出して対戦車火器を撃ち込んで来た。
 英国の〔PIAT〕対戦車擲弾発射機、後に「英国面」と揶揄される事になる色物兵器だ。
 アメリカの〔バズーカ〕に先駆けて実戦投入された歩兵用対戦車兵器である。〔バズーカ〕と異なるのは、発火機構にばねが用いられ、衝撃を吸収する仕組みになっていた。そのせいで、短射程で命中精度の悪さや反動の大きさ、作動不良など、弱点が山の様にあったが、〔バズーカ〕の様に反動を殺す目的で後方にバックファイアを噴射しない為、隠蔽しやすいと言う利点もあった。
 そして、威力自体は〔バズーカ〕と遜色無い。
 英国でこれが開発されていると知った大公派陸軍は、一刻も早くこちらに回してくれと矢のような催促を行った。結果、開発は現地で行う事になり、先行量産品54門が、ぎりぎり決戦に間に合ったのである。
 試作品だけあって、作動不良は5割近かったが、これだけの数を用意出来れば、目くらましにはなる。
 塹壕を飛び出して、キャラピラに対戦車地雷を放り込む者までいた。
 随伴していたハーフトラックが歩兵の排除に向かうが、待ち伏せていた〔97式自動砲〕及び〔ラハティ〕対戦車ライフルに狙われて火を噴いた。
 時代遅れのこれらの対戦車銃も、長距離からの対人狙撃や、トラック等の軽装甲車両相手には効果がある。
 浮足立つ帝国派戦車部隊に、陣形を整えた〔Ⅳ号戦車F2〕が再突入して来る姿を見て、兵士たちは絶望的な表情を浮かべた。

「詰んだな」

 パットンは呻く様に負けを認めると、後退を命じた。
 これで大公派を勢いづかせてしまえば、ルスドア市を失いかねない。大失態と言えた。
 だが、勇将パットンはこの程度で諦める男では無かった。