解読した暗号通りに後退のそぶりを見せる大公派に、ジョージ・パットン中将は「気に入らん。上手く行きすぎる」と漏らした。
 それは、正しく経験を積み上げた者が場数を踏んでようやく持ちうる嗅覚だ。

「ここ2週間の大公派は確かに消極的な戦術しかとってない。連盟はそれを撤退の兆候を見たんだろうが、あの戦い方は『若さ』を感じる。そう言う戦い方をする奴がただおめおめと後退する筈がない」

 大公派の戦いぶりから、そこまで洞察するパットンと言う将軍は間違いなく名将だろう。
 もし本当にカルタゴに生まれていたら、ハンニバルと連携してローマを滅ぼしていたかもしれない。事実上の帝国派を動かしている軍事顧問団からの命令を受け取った参謀長はそんなことを思う。
 命令は「進撃せよ」であった。戦場の空気を知らない者が、勘を根拠に進撃に反対されたところで受け入れるわけがない。どうやらハンニバルと同様に、パットンもまた孤独な戦いを強いられる事になりそうだ。
 だが、敵に若さがあるなら、パットンには欧州大戦を勝ち抜いた「老獪さ」がある。そして、彼の最上の武器である「勇猛さ」は若者時代から何ひとつ失われてはいなかった。

「命令通り進撃はする。だが、『保険』はかけさせてもらう」
「どうされるので?」
「紙とペンを寄こせ。必要な物を書き出す。それから、優秀な戦車兵を選抜しろ」

 パットンは、執務室の大机に紙を目一杯広げ、作戦のプランやタイムスケジュール、必要な戦力、人材、物資を書き出してゆく。思いついた事を全て書き出せるように、なるべく大きな紙を使うのがコツだ。少しずつ組み立てられてゆく作戦案に、参謀長の顔が驚きに変わって行く。
 それは後に「パットン機動戦術の真骨頂」と呼ばれたプランであった。



 降臨暦942年10月27日、進撃を開始した帝国派を迎え撃ったのは、大公派の新型、〔Ⅳ号戦車F2型〕戦車であった。
 今回も機動防御が可能なように防衛線に穴を作って待ち構えていたが、帝国派の戦車部隊はその様な事情はお構いなしに、防御の厚い地点を力押しで突破した。待ち伏せしていた〔Ⅳ号戦車〕は有利な位置から移動を迫られ、物量に勝る帝国派の〔T34〕に悪手である筈の消耗戦を強いられた。
 防衛線に入っていた将兵は、自分たちの年収の50倍以上する大砲を惜しげもなく放り出し、トラックに飛び乗って逃げ出していく。
 それを狙って〔シュツルモビク〕急降下爆撃機が攻撃を始めようとするが、大公派の〔フォルゴーレ〕戦闘機が襲いかかり、それを護衛の〔Yak1〕戦闘機が妨害して、たちまちのうちに入り乱れての空戦が始まる。
 爆音と悲鳴にまみれて、血と肉片の饗宴が幕を開けた。後に「イリッシュ大戦車戦」と呼ばれる戦役の始まりである。

 パットンの戦術はハンニバルと言うより、彼に影響を与えたアレクサンダー大王の「ストレッジ・ハンマー戦術」を戦車戦に焼き直したものだった。
 重防御だが運用に難があるソ連製〔T34〕戦車で敵の突撃を受け止め、スペックでは劣るが柔軟ない運用が可能な〔シャーマン〕戦車を迂回させて側面を突かせたのである。貧弱な横腹を撃ち抜かれた〔Ⅳ号戦車〕は次々撃破され、潰走して行く。
 戦火に沸く前線司令部で、パットンは「何か臭いな」と呟き、深追いを避ける様に命じた。
 本来であれば、彼は最前線で指揮を執りたかった。しかし、この規模の部隊を前線で移動しながら指揮するのは無理がある。流動する戦況に合わせて、複数の無線で連絡を取り合いながら、情報を把握して指示を出す。それを行うだけの通信設備や人員を乗せて移動する車両など未だSFの産物である。
 それでも彼は「なるべく前へ出る事」に拘つた。ボスである自分も兵隊と危険を共有しなければ、彼らは命を掛けてくれないと知っていたからである。
 何度か大公派の急降下爆撃機がこちらに爆撃を試み、経験の薄い幕僚が小さな悲鳴を上げた。パットンはそれを睨みつけて黙らせると、まっすぐに戦場を見つめた。

「大公派の戦車が少ない」

「事前情報と差は無いようですが……」

「ドイツ戦車はな。大公派には日本やイタリアの戦車が山ほどあったろう」

 戦力外と見ていた小型戦車を問題にされて、参謀長は首を傾げた。
 実のところ、大公派の主力はドイツ製の中型戦車である〔Ⅲ号戦車〕及び〔Ⅳ号戦車〕である。
 日本製の〔チハ改〕は攻撃力こそそこそこ・・・・・・・・・だが、古い車体に新型の長砲身57mm砲・・・・・・・と大馬力エンジンを押し込んだせいでバランスが崩れ小回りが利かない。イタリアの〔M13〕戦車も〔チハ改〕よりは新しいが、同じような問題を抱えていた。柔軟な戦闘が可能なドイツ戦車と別に運用する事は別に不思議ではない。
 その他軽戦車や豆戦戦車は〔シャーマン〕や〔T34〕を相手に出来る火力は持っておらず、歩兵戦闘ならともかく、対戦車戦では無視して良い存在の筈だ。
 パットンは、それらの質問には答えず、「十分に警戒しろと伝えろ」と命じた。

 しかし、同じ着任したばかりでも、作戦立案をヴェロニカと分担した上で、部隊の掌握と外部との折衝に時間を使えたアルフォンソと異なり、1人で全てこなすパットンは旗下の統制が不十分だった。功を焦ったいくつかの部隊が勝手な追撃を行い、パットンの警戒指示はうやむやのうちに消し飛んでいた。

 突然の発砲音に遅れて、戦闘を走っていた〔T34〕が吹き飛ぶ。
 戦車のスコープから戦線を探す指揮官たちは、妙に角ばった砲台を見付ける。こんな平野にトーチカがぽつんと置かれている筈はなく、戦車を壕に埋めて防御力を強化する、ダグイン戦術だと判断した。戦車を埋めるのにはそれなりに時間がかかる為、突貫工事で2両しか埋められなかったのだろう。

「火に油だな。馬鹿な奴め」

 〔シャーマン〕と〔T34〕の主砲が一斉に放たれる。ダグインだろうと、これだけの砲口が集中すればどれかは当たる。攻撃力から見て新型かも知れないが、たった2両では意味は無い。
 しかし、勝利を確信する戦車兵達の表情が驚愕に染まる。命中した75mm砲は、甲高い音を立てて弾き飛ばされたのである。

 パウッ!

 再び発砲した大公派戦車の砲弾は、ボール紙の様に堅固な〔T34〕の重装甲撃ち抜き、2両を血祭に上げた。

化け物かかチュドービシチェ!」

 ロシア人操縦手が呟く。戦場の誰もが息を飲んだ。

 ダグインで待ち伏せしていた戦車は、後に〔ポルシェ・タイガー〕と呼ばれるようになる試作品であり、現地テスト用にクロアに持ち込まれたものである。ただ、テストの結果が散々だった。
 技術狂いのドイツ人設計だけあって凝った造りにしすぎ、少し走るだけですぐ故障する欠陥品だったのだ。おまけに「発電機のノイズによって無線がろくに通じない」と言う笑えない初期不良まで抱えていた。
 これをどう使うか問われたヴェロニカは、「走らせなければ良いじゃない?」と言い切った。
 何しろ装甲の厚さと攻撃力だけならライズはおろか地球でも最強のスペックを持っているのだ。待ち伏せに使う分には問題ない。ご丁寧にも無線機のノイズ問題は、車体から有線電話を引っ張ることで解決していた。

 だが帝国派も激戦を繰り広げてきただけあって、立ち直りは早かった。
 戦車部隊は一斉に前進を始める。更に1両かが吹き飛ぶが、彼らには余裕があった。
 待ち伏せとは、敵の進撃を阻める場所を選ぶものである。だだっ広い平原で待ち伏せしても、散開して一斉に突撃させればなぶり殺しに出来る。装甲が厚いと言っても、接近されたり、側面を狙われれば無事ではいられない。今まで大公派の旧式戦車に側面を狙われて苦杯を舐めたのは、外ならぬ彼らだったからだ。
 だが、怒れる作戦家は、彼らの心理すら読み切っていた。
 前線指揮所でその光景を見たヴェロニカは「勝ったわ」と呟き、乗馬用の鞭で左手をぱしりと叩いた。