1日中顔を合わせているおかげで、ヴェロニカも大分アルフォンソと言う人間が分かるようになってきた。 好意的な人間は彼を「聞き上手な人たらし」と評する。確かにその通りで、行動を共にしているとつい多弁になってしまう。 一方で彼が「怒らない男」であるとは思わなかった。アルフォンソとて拗ねはするし不機嫌にもなる。ただそれを隠すのが上手いだけである。



 それを感じたのは、アルフォンソがシュペクラティウスをお土産に公都の作戦会議から戻って来た時である。 「シュペクラティウス」と言うと、日本人は語感から中世の刀剣かローマの将軍か何かかと想像するが、何のことは無い、ドイツ人が愛する、ジンジャーの効いたビスケットである。

「良く見つけてきたわね。この物不足の時に」

 久しぶりに私物の紅茶を従兵に入れさせながら、ヴェロニカは故郷の菓子を皿に盛る。アルフォンソは「蛇の道は蛇だよ」と悪戯っぽく笑って、別に包んでおいたシュペクラティウスを何も言わずに従兵に手渡す。この辺りは流石だ。

「僕らは作戦が失敗したら、歴史に無能者の名を残すんだ。この位役得が無いとね」

「案外ちゃっかりしてるのね。でも何でこれな訳? ドイツ菓子ならこっちだとシュトーレンドイツ風バターケーキの方がメジャーだけど?」

 アルフォンソはきょとんとして、「その辺り、君は無頓着だね」と笑った。

「君が故郷の話をした時、良く焼いてもらったって言ってたじゃないか」

 そう言えばそんな話もしたような。わざわざ記憶しているのは流石人たらしである。

「お礼は言っておくわ。ありがとう」

 にっこりと口元にえくぼを作るアルフォンソに、何故か腹が立って「マメな事ね。さぞモテたでしょう」と皮肉を言ってやる。ところが、アルフォンスはがっくりとうなだれた。

「……気に障ったのなら悪かったわよ」

 いつに無くガチでへこんだ様子のアルフォンソに、ヴェロニカは恐る恐る謝罪する。

「……2週間だよ」

「2週間?」

「付き合ってから振られるまでの最長期間だ。8割が弟目当てで、残り2割が僕が父に嫌われていると話したらそれはもう潮が引くように。唯一受け入れてくれた子も、『大事にしてくれるのは嬉しいのですが、少し重くて』と気まずそうに言われた。それが2週間」

 大変失礼なのは自覚していたが、声を上げて笑ってしまった。
「酷いなぁ」と渋い顔をするアルフォンソだったが、盛大に笑い話にされてすっきりしたようだ。2人はタイミングを合わせたようにあははと笑った。

「貴族のご令嬢を気まずくされるなんて、どれだけ御姫様扱いしたのよ?」

「聞かないでくれ。当時としてはそれが普通だと思ってたんだよ」

「まあ、普通じゃないのは今も同じだと思うけど。今なら女性も選び放題でしょうに。男が好きなの? レナート少将とそう言う関係って噂もあったわよね?」

 再び黙るアルフォンソ。視線を逸らして紅茶を流し込む姿が、妙に子供っぽく思えた。

「……もしかして、本気で拗ねてる?」

 アルフォンソは、視線を戻さずに「僕にだってプライドはあるよ」と紅茶を啜る。
 その姿を見て、昔飼っていたダックスフントを思い出した。意地悪して遊んでやらないと、「分かっているでしょう?」と恨みがましい目で見てくるのだ。その顔が可愛らしくてつい虐めてしまうのだが。
 ヴェロニカは、初めてこの人たらしが自分に似ていると思った。自分が孤独に弱い事はなんとなく理解している。それを悟られたくなくてつい突っ張った生き方をしているのだが、ひょっとしたら彼も、表現が異なるだけで根っこは同じなのかも知れない。

「貴方の敗因はその不貞腐れた顔を相手に見せなかった事ね。そうしたらこんなのでも可愛げがある男だと思ってくれたかも」

 茶化されて無言でマグカップを置くアルフォンソに(あ、不貞腐れた)と、今度は確信した。

「それは君にも言える事だな。もっとさっきみたいに笑えば、僕なんかより余程周囲に人が集まるよ」

 どうやら、意趣返しで言ったようだが、言われた方は「え?」と彼女らしかぬ驚きの顔を浮かべる。数秒遅れて自分が何を言ったか気が付いたらしい。咳ばらいをすると、「じゃあ、仕事に戻ろうか」と畳んだ地図を広げ直した。 ヴェロニカも気まずそうに、肩にかかった髪を払って「そうね」と書類に目を落とす。

 その光景を見ながら、菓子の皿を片づけていた従兵は思うのだった。

 (こいつら、中学生か)と。




※今となっては作者の私ですら信じられませんが、これを企画した段階では、「ちょっと小粋な会話を楽しみながら、目標に邁進する大人のオフィスラブな話」だったんですよ?
 どうしてこうなった?(AAは省略)