「それはまた、随分と過激な毒を吐いたものだね」

 アルフォンソは肩を竦める。
 「気の毒に」「かわいそうに」の類が出てこなかったのが少しだけ意外だったが、事前に調べた彼の境遇を考えれば当然だ。相手を気遣う様に見せて、その実自分自身に向けられた「かわいそう」がいかほど相手に苛立ちを与えるか、彼はそれを理解している人種だ。

「公共サービスは納税や兵役を果たした者への対価よ。何もしていない者を平等に扱えば、それは平等であっても公正なくなる。人は平等に扱われなくても納得は出来る。でも、公正に扱われなければ国への信頼を無くし、社会が腐ってゆく」
「耳が痛いね」
「そもそも私は彼らの誇りを守ってあげたのよ。世間のしがらみから逃れ、1人で生きてゆく事を選んだ人間が、困った時だけ『助けてくれ』と泣きつくような事を行っては、自らの誇りを自分で傷つける事になる。私はそれを気付かせる手伝いをしたに過ぎないわ」

 それを聞いたアルフォンソは 呵呵と笑って膝を叩いた。

「君の毒舌はユーモアがある。ただ不満を吐き出すだけの人間には言えない台詞だね」

 そんな言葉を吐かれて、ヴェロニカは言葉を失った。
 人たらしとは、他人の美点を見つける事が上手い人間である。いかに他人を褒めようとしても、思っても居ない言葉は直ぐに見抜かれる。思ってもいない事を信じさせるのは人たらしではなく詐欺師である。真の人たらしは例え気に食わない人間でも何処かしら美点を見つけ、そこだけ・・は好きになってしまう。
 そしてそれを惜しげもなくそれを言葉に出すのである。 ペースを崩されたヴェロニカは初めて従兵がコーヒーを置いてくれていた事に気付き、手を伸ばした。

「では、君は命が関わる状況であっても、同じ対応をしたと言うんだね?」

 念を押したアルフォンソに、内心の戸惑いを隠したヴェロニカは「両方が救えないと言う状況ならなら、同じ対応をするわ」と切り捨てた。
 ヴェロニカは後に回述している。その時のアルフォンソの目は、ずっと欲しがっていた玩具を買い与えられた子供のそれだったと。

「君の案を採用する。詳細は一緒に詰めさせてもらうが、基本方針は変えないし、発生する全責任は僕が取る」

 彼の言動が一本に繋がっているように思えず、何故そうなるか判断しかねたヴェロニカは、彼女としては珍しく、降参を決め込んで答え合わせを要求した。

「さっきの質問の意図を聞いても良いかしら?」

 彼女の一挙一動が面白いのか、アルフォンソはにこにこと笑いながら、「大したことじゃないさ」と前置きする。

「質問の答え自体は割と”どうでも良い”。君は質問に答える前に両方は救えない前提であるならばと前置きした。それは『可能なら両方救う』と言う意味だ。策を弄する者は相応の優しさが無ければならない。そうでなければ才に溺れて周囲を巻き添えにするか、精神を病むかだ。僕はそんな人間の作戦に命を預けるのはごめんだからね」

 目の前に鏡が無くて良かったと思う。あれば今自分がどんな顔をしているか直視するはめになった。 ヴェロニカは

「気持ち悪い事を言う男ね!」と視線を逸らした。そう言えば、自分を優しいと評するのは、両親以外で、自分を育ててくれた老夫婦くらいだったなと思う。
 アルフォンソは、敢えてコメントせず、「じゃあ、早速作戦案を詰めようか」と従兵に地図を運ばせる。
 遺憾である。まったく遺憾であるが、この状況を面白いと思っている自分がいた。

 「まあいいわ。好きにやって良いと言うなら、せいぜい派手にやらせてもらうわ」と不敵な笑みを浮かべるヴェロニカに「お手柔らかにね」と苦笑するアルフォンソ。
 こうして、食中毒と言う笑えない笑い話が、大公派に最良の指揮官と参謀長を生み出す事になった。

「パットン中将はハンニバルを自称しているそうね。なら、私が貴方をスキピオにしてあげようじゃないの!」

 古代の戦争で、伝説の名将ハンニバルを破ったローマの将軍スキピオもまた、笑顔の似合う人たらしであったと言う。
 勝者となった彼は厄介者扱いを受けたが、生来の優しさから勢力争いを良しとせず、汚名を着せられ隠遁し、怨みの言葉を墓石に刻ませた。
 しかし、こちらのスキピオには自分がいる。彼女は足を引っ張る味方など味方では無いと考えるし、それを叩きのめす事に痛痒は感じない。自分を罠にはめた馬鹿どもへ、ここらでひとつ意趣返しと決め込むのも悪くないかもしれない。
 彼女は兵隊たちに「アルフォンソ中将が、『自分はスキピオの生まれ変わりなので、パットンの手の内は全てお見通しだ』と話している」と言う噂を流し、それはたちまち内外で評判となった。当然敵情を探っていたハンニバル=パットンの耳にも入ったが、戦争の申し子は、ただ苦笑を浮かべただけだった。