ヴェロニカは馬鹿が嫌いである。 だから、参謀長の打診を受けた時、まず自分の上官が馬鹿かどうか試してやろうと決めた。 アルフォンソの執務室へ入った彼女は、敬礼もそこそこに応接椅子にどっかりと腰を下ろす。噂通り怒らずに苦笑を浮かべる彼を見やる。

「君の意見書を読ませてもらった。現状ではこれが最良に思える」

 ヴェロニカは「ふぅん」と鼻を鳴らす。

「確かに現在大公派の機動防御は有効な戦術よ。でも、同じ戦術を繰り返すのは猿でもできる。反対を押し切ってドイツ式戦術を採用したのは慧眼だけど、成功体験を疑えない時点で、前任のフィリッポ中将は凡将ね」

 挑戦的な視線でアルフォンソを見つめるヴェロニカ。「貴方はどうかしら?」と言外に問うているのは明らかだ。
 本人は意識してないかも知れないが、彼女の自信満々な笑顔が恐ろしく絵になる。男殺しの資質があるかも知れない。(弟だったら、即口説きに行ってるだろう)と他人事の様に考えた。

 添付の図面に目を落とす。

 大公派の戦術は、割とシンプルだ。 防衛線の一部を敢えて手薄にしておき、戦車部隊を意図的に突破させ、その後に穴を塞いで後に続く歩兵との連携を絶つ。突破した敵戦車は、有利な地点に誘い込んだ上で味方戦車部隊が叩く。

 当初こそ連携を欠いた帝国派の戦車は面白いほど撃破されたが、休戦明け以来上手く行かなくなった。
 第一に、敵は複数のポイントを突破し、連携しながら戦闘、大公派の陣地を荒らしまわった後に合流し再び防衛線を裏側から突破して帰還、と言う厄介な戦術を取るようになった事。
 第二に、キャタピラと車輪を組み合わせたハーフトラックに乗った歩兵や、旧式戦車の車体に野砲を搭載した〔プリースト〕自走砲が随伴するようになった事だ。
 第三に、敵戦車の性能が格段に向上したこと。今まで主力だった米国製〔M3リー〕中戦車〔M3スチュアート〕軽戦車やソ連製〔BT〕軽戦車が相手なら、大公派の独伊日製戦車でも対抗できた。しかし、今まで少数配備でしかなかった〔M4シャーマン〕や〔T34〕の大量投入が風向きを変えた。
 これらは走攻守共に優秀で、唯一勝っていた戦術面の優位も、新しく赴任してきたパットンが埋めてしまった。そうなると、純粋に道具が良い方が勝つ。

 届いたばかりのドイツ製〔Ⅳ号戦車F2型〕ならば性能は〔シャーマン〕とどっこいだが、まだ数が少なかった。
 ドイツの軍事顧問は「新型の重戦車ならば〔T34〕など問題ではない」と豪語していたが、こちらに至っては配備はまだ先だ。
 それより問題は、帝国派の主力が〔シャーマン〕と〔T34〕、計約700両に統一されているのに関し、大公派の編成はバラバラである。数の上の主力はイタリアの〔M13/40〕中戦車と日本製の〔チハ改〕が、320両程だが、車長が装填手を兼ねると言う運用面で難があり、速度も遅いので、結局ドイツ製の〔Ⅲ号戦車〕と〔Ⅳ号戦車〕260両が頼りである。これに新型〔Ⅳ号戦車F2〕が68両。
 残りの軽戦車や豆戦車は偵察や対歩兵用で、対戦車性能はお察しであった。帝国派の〔スチュアート〕軽戦車は対戦車戦闘もこなせる傑作であるのにも関わらずである。
 その様な事情で、両軍の戦車保有数は、約900両と同程度ながら、内情に大きな開きがある。勝っているのは戦車兵と指揮官の技量くらいである。

 ただ、物量に関しては、クロアまで飛空艇による.......空路で戦車を輸入する帝国派に比べ、大公派は海路での輸送が可能である為、状況はそれほど悲観していない。
 浮遊魔法とレシプロエンジンで航行する飛空艇輸送は、即応性と速度に優れるが、積載量が心もとない。反対に大公派は時間さえ稼げれば戦力の劣勢は挽回できると踏んでいた。
 問題は「時間を稼ぐ事すら困難な状況」であるが。

「でも、『機動防御で敵戦力を削る』と言う発想は悪くない。なら、話は簡単よ。機動防御のやり方を変えれば良い」

 敢えて後退を行い、有利な地点へおびき出し、反撃に転じて出血を強要する。
 勢いに任せて、帝国派の拠点であるルスドア市を奪取してしまう。 ルスドアは南北の交通を結ぶターミナルである。ここを押さえてしまえば、以後はルスドアさえ守るだけで、帝国派の南下を防ぐことが出来る。

「それで? 私の案を採用してくれるのかしら?」

 自信満々のでアルフォンソを見上げるヴェロニカの問いには即答せず、彼はあごの手をあて「ふむ」と呟いた。

「その前に、君がドイツ陸軍を追い出された話を聞いておきたいかな」

 にっこり笑って告げるアルフォンソに、ヴェロニカの眉間にたちまち皺が寄る。彼女が一番触れられたくない話題だったからだ。

(私の悪評を気にするなら始めからここに呼ぶはずがない。それでわざわざ心証を悪くする話題を選んだのは何故? 急にハイリスクな作戦が怖くなった? こいつも馬鹿なのかしら?)

 視線を戻すと、アルフォンソは笑みを止めて真剣な瞳で見つめてくる。 ヴェロニカは一瞬視線を逸らすと、仏頂面で語り始めた。

「別に、『普通』に行動しただけよ」