ライズには「古代種」と言うものがある。
 ライズの人種は基本的に地球人...と同じで、異世界...だからといって肌が青かったり鱗で覆われている訳では無い。言語でさえラテン語と類似性が見られる事から、学者たちが「ライズ人地球起源説」が根強く支持しているのはそう言った事情による。ちなみに、「地球人ライズ起源説」がさほど勢いがないのは異世界人差別、ではなく、単純に古代史の史料が地球に比べて少ないので、地球起源とする方が自然だからである。

 そんな中で例外的に存在するのが、銀髪、赤い瞳、尖った耳と言った地球人に無い特徴である。
 これらの特徴は、普通の両親から突然生まれてくることが大半で、多くが優れた魔法の才を持つ事から、このような子供は祝福の象徴とされてきた。大公カタリーナはこれらの特徴を全て持ったおり、何代も前に臣籍降下し平民として暮らしていたのにも関わらず、不幸な事故で後継者が絶えた事で王宮に迎えられている。
 地球起源説の論者は、「ライズに移民してきた地球人が、ライズ土着の民と混血しその血が隔世遺伝で現れるのでは?」と言う説を唱えている。

 クロアの名家、アッパティーニ侯爵家は大公家と並んで、何故か高確率でそう言った子供が生まれると言われていて、嫡男であっても古代種が下に生まれればその座を奪われる、と言う程古代種信仰は強い。
 そんなありさまだったので、先代当主である父親は、生まれてきたアルフォンソの赤毛を一瞥して直ぐに興味を失った。母も流行り病であっさりこの世を去り、正室が美しい銀髪を持ったレナートを生んだことで、彼は長男でありながらすっかり無視される存在となっていた。

 のんびり屋の彼は、周囲がどんなに陰口を叩こうが、父親にぞんざいに扱われようが静かに笑っているだけだった。それは彼なりの処世術でしかなかったのだが、本人が黙っている事で、周囲は彼を体の良いはけ口とみなした。言う方も馬鹿ではなく、それらは侯爵家の体面に配慮して行われたので、父親も動く事は無かった。

 そんな彼にも味方は居た。嫡男である弟レナートと、祖父オネストである。
 レナートは子供の頃から明るく奔放で、人に愛される性格をしていたが、温厚で聞き上手なアルフォンソを気に入って何処へ行くのにもついて回り、例え友人でも兄を馬鹿にした者は行いを改めるまで口を利かなかった。
 オネストは「優れたものは中傷を受けるのが宿命」と、彼を庇う事は無かったが、厳しい言葉と同じかそれ以上に、自分が如何に彼を誇りに思っているかを伝える労を惜しまなかった。
 「お前とレナートは両輪の様なもの、お前がレナートを必要とするように、レナートもお前が居なければ大事は為せない」と言って聞かせ、「お前の我慢強さは軍人に向いている」と士官学校行きを薦めた。幼い兄弟は「2人で元帥杖を手にしよう」と誓い合った。

 2人は成人すると、アルフォンソは陸軍に、レナートは海軍に入隊した。世間は「レナートが陸軍でなく海軍を志したのは、兄が自分と比較されない為に行った彼の恩情」と噂したが、2人は一顧だにしない。別の進路を選んだ理由は、同じ組織でパイを奪い合うより、別の場所で活躍した方が目標に近道だからに過ぎない。もっとも、レナートの方は「海軍はモテる」と言ういささか不純な動機も見え隠れしていたが。

 陸軍士官学校に入学したアルフォンソの評判は「優秀ではあるが地味」であった。成績優秀なだけでなく、恋多き青春を送り、奔放で武勇伝に事欠かないレナートに比べ、アルフォンソは影の様に扱われた。「じゃない方のアッパティーニ」と言う不名誉な二つ名を頂戴しても決して怒らない彼に付いたもう1つの渾名は「怒らない男」であった。
 周囲は彼を良い様にこき使った。軍隊とは良くも悪くも要領の良さが求められる組織である。そう言った人間を「上手く使う」事も士官の資質なのである。

 事件は起こった。当時上級生だったファビオが、「あいつが何処までされて怒らないかを試してみよう」と思い立ち、よりにもよって祖父を遠回しに侮辱する言葉を吐いたのである。アルフォンソは終始無言だった。ただ、彼の目がすっと細まるのが、妙な威圧感を与えた。
 アルフォンソは一礼すると、ファビオの顎を強打してノックダウンしてしまった。意識を失った彼は知る由もなかったが、アルフォンソは傍らで驚愕する上級生に「規則を冒したので教官を呼んで欲しい」と穏やかに告げたらしい。

 アルフォンソは罰を受けたが、それ以上に称賛された。「『怒らない男』が親族の名誉の為に拳を上げた」事が周囲の琴線に触れたのである。反対に「士官にあるまじき軽挙」と面目を失ったファビオは、初めてアッパティーニ家の実状を調べ、とんでもない事をしたと恥じ入った。
 一方のアルフォンソも彼の謝罪を直ぐに受け入れた。弟の顔色を窺って態度を改めた者は多かったが、真正面から頭を下げる者は稀有だったからだ。
 以後、2人は共に行動するようになり、少尉任官してからも度々飲み交わす仲になった。

 ファビオはこの温和な友人を、ただの飲み友達とは思っていなかった。
 日常会話で交わされる物の見方や組織論、人間の見分け方等、この男は将帥向きだと確信していたのである。
 彼は黙して語らなかったが、補給参謀の職務を行いながら、人脈作りに精を出し、これはと思う人間をそう言ったコネクションに推薦すると言う、明らかに”志”を持った行動を取っている事もそれを補強した。何でも、却下された上申書や意見書を読み込むのが余暇の過ごし方だと言う。
 ファビオは彼の”志”を助けてやろうと思った。友情や国の為にと言う気持ちもあったが、それ以上に彼が何をやらかすか見てみたいと思ったからだ。
 アルフォンソの人を見る目や人心掌握術を評価するファビオの言葉に、カタリーナは即答を避けた。
 確かに、名門アッパティーノ家の長男で、ブルーノの遠縁であるなら、抜擢人事でも重臣たちを説得しやすい。水面下で人脈を増やしているなら、彼らにの支持も受けられるだろう。ただし、推薦通り有能である事が前提条件だが。

 カタリーナは早速アルフォンソを呼び出し、ブルーノ、ダウディングと共に会談を行った。散々迷った末、彼女はアルフォンソに第5軍の指揮を命じる。
 アルフォンソは快諾したが、1つだけ条件を出した。

「参謀長の人選は、小官に任せて頂きたのです」

 それは、歴史が動き出した瞬間だった。




※そう言えば、良くある「きょうだいの片方だけが優遇される境遇」で、親から虐げられてても、きょうだい同士は仲が良いって展開はあまり無かったかも知れませんね。意図してやったわけではありませんが。
 ざまぁものは割と好きですが、今回はそう言った趣旨の作品では無いので、父親の描写とざまぁは無しですが、もし要望ありましたら考えます。